時空を超えた挑戦状

それは、アオイからの挑戦状だった。

「今日も帰って動画撮影するっしょ?」
「あっ、いや──今日は、やめとくわ」
いつも通りの放課後を提案してくる友人の誘いを振り切る。
「まさかお前、隠れてバレンタインのチョコでももらいに行くんじゃねぇだろうな?」
俺の素振りを勘ぐったのか、なかなか帰ろうとしない友人に対し、「ちげーよ」と、冷たく睨みつける。
疑い深そうに帰って行く友人の背中を見送ったあと、俺は校舎に戻った。

──放課後に私の下駄箱、覗いてみて。
給食後、廊下でアオイとすれ違ったときに耳打ちされた。今日はバレンタインデー。女子が男子にチョコを渡す日。人知れず幼馴染のアオイに好意を持っていた俺は、下駄箱までの道のりに心を弾ませた。
周りに生徒の姿がないことを何度も確認し、そっとアオイの下駄箱を開ける。いくら彼女からの指示だとしても、女子の下駄箱を開けることに戸惑いは隠せない。覗き込んだ下駄箱の中には、アオイの上履きと、一枚の手紙。そこには一行だけが手書きされていた。
『校舎裏の駄菓子屋に来て』
想像していた甘い2月14日の展開とは明らかに違う。ただ、今の俺には手紙の指示に従う以外の選択肢が思い浮かばなかった。

下駄箱の手紙を片手に自動ドアをくぐる俺を、駄菓子屋のおばちゃんは普段どおりの陽気な声で迎えてくれた。
「あのさ、おばちゃん。今日、アオイって来なかった? チョコをあずかってるとか──」
自らチョコという言葉を口にしてしまったことが恥ずかしく、顔が熱くなった。
「あぁ。アオイちゃんからアンタに伝言あずかってるよ」
「伝言?」
「駅前の神社に来て欲しいって。池の周りにある亀の銅像を調べろってさ」
「それ、アオイが言ってたの?」
「そうよ。真剣な表情で言ってたわよ。アンタに大事な用があるからって」
別にからかわれているわけじゃなさそうだ。
店を出る俺を呼び止め、おばちゃんは俺に長い棒状のチョコレートスナックを手渡した。おばちゃんからのバレンタインチョコを、ありがたく受け取った。

これはきっとアオイからの挑戦状だ。俺がどこまでアオイのことを追いかけられるのか試されているんだ。
池の周りに設置された亀の銅像の脇に手紙が置いてあり、郵便局の隣にあるファミレスの窓ガラスを見るように指示があった。そして、その窓ガラスにも同じように手紙が貼り付けられてあり、隣町のショッピングモールの7階にある男女共用トイレに行くようにと指示があった。

そして今、俺はアオイの指示に従い、タイムマシーンに乗っている。エスカレートした指示は、とうとう時空を超え、俺を過去へと向かわせた。10年の時をタイムスリップし、俺たちの家の近所にある空き地に来いと。
「懐かしいなぁ……」
たかが10年前なのに、街の雰囲気はすっかり様変わりしていた。秒速で発展する現代社会は、街の様子も人の価値観も一瞬で変えてしまう。そんな世界に慣れているからか、街がやたらと落ち着いて見えた。
空き地に着くと、そこでは幼い頃の俺とアオイがピクニックシートの上に座り込んで遊んでいた。二人の声に耳を傾けてみる。ごっこ遊びをしているようだ。

「カイトくん。はい、これ、バレンタインのチョコレートだよ!」
「ありがと」
まさか……。アオイの挑戦状の答えはこれ? これだけ振り回されて、最後はごっこ遊びの泥のチョコかよ。
「わたし、大人になったら、カイトくんと付き合って結婚するの。いいでしょ?」
「うん」
「約束だよ!」
幼いアオイの無邪気な誓いに胸が熱くなった。アオイはこれを俺に伝えたかったのか。粋なバレンタインだ。
誰かの手が俺の肩に触れた。振り向く俺。そこにはアオイの姿。もちろん、高校生の。アオイの小ぶりな口唇が近づいてくる。スローモーションで。俺とアオイはキスをした。時空を超えた長い長いキス。
この瞬間だけは考えないようにしよう。帰りのタイムマシーンの燃料を積み忘れてきてしまったことを。

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