訪問販売

インターフォンが鳴った。
惰眠を妨げられた徳田は舌打ちをした。枕代わりにしたクッションの形を整え、眠りを取り戻そうと再び目を閉じたとき、二度目のインターフォン。徳田は無視を諦め、しぶしぶ玄関へと向かう。目を細め、覗き穴から外の様子を伺うと、そこには若い女が立っていた。
相手が女性で、好みのタイプだったこともあり、徳田は興味本位でドアを開いた。その容姿は、まるで女子アイドルグループのセンター的存在といってもいいだろう。
「突然、ごめんなさい。訪問販売で来ました」
はっ? 自分が訪問販売員だなんて堂々と名乗る奴がいるか?
不意打ちを食らった徳田は、声を上ずらせながら尋ねた。
「なんの訪問販売?」
「あっ。ぬくもり、です」満面の笑みで女が言う。
「ぬくもり? あの、俺、そういう意味わかんないやつ、無理なんで……」
「ごめんなさい、説明不足で。日常にぬくもりが不足した人に、ぬくもりのサービスをご提供しに来ました。今なら、30日間の無料期間中なので、この機会にぜひっ!」
徳田の困惑をよそに、目の前の女は陽気にまくし立てる。
「ぬくもりって言ったって、具体的には──」
「お客様が望まれるぬくもりを、すべてご提供いたしますのでご安心ください。今、なにか求めているぬくもりって、ありますか?」
徳田は二ヶ月前に会社をリストラされた。生活苦に陥ることを妻に告げると、あっけなく離婚された。どうやら妻は他の男と不倫関係にあったらしい。妻は徳田の精神を追い詰めるように、自らそれを告白した。相手は事業家を名乗る胡散臭い男で、妻はその男のことをパートナーと呼んだ。
あれから二ヶ月。徳田は自堕落な生活を続けてきた。
「まぁ、しいて言うなら女性のぬくもりかな……」
「かしこまりましたっ!」
女はそう言うと、玄関に立つ徳田の脇をすり抜け、部屋の中へと入っていった。
「こんなに部屋を汚くしちゃダメじゃない。ご飯作ったらお部屋を掃除するね。お腹すいてるでしょ? なに食べたい?」
徳田は振り返りながら、言葉を失った。

「なんで背中向けてるの?」
狭いベッドの上、今日出会ったばかりの男女が寄り添う。
彼女の名は麻衣。彼女はあれから俺に昼食を作り、宣言通りゴミ屋敷寸前の部屋をキレイに片付けた。一人じゃ気乗りしない掃除も二人でやるならと、徳田もそれを手伝った。
部屋が片付いた後、彼女の提案で近所のスーパーに買い物に行くことに。夕飯の食材を二人で選び、カレーを作ることになった。食後は二人でテレビを見ながらくつろいだ。彼女が先、徳田が後の順番で風呂にも入り、寝支度をして今、こうして徳田は彼女に背を向けた状態でベッドの上にいる。
「そりゃ、まだ出会ったばかりだから、緊張もするでしょ」
「こっち向いて」
麻衣の甘い言葉に誘われるように、徳田はモゾモゾと体勢を変えた。目の前には、彼女の大きな瞳。小さな呼吸に合わせ、彼女の体が一定のペースで波打った。
「ギュッてして……」
心拍数が高まり、心臓の鼓動が早くなる。毒を食らわば皿までだ。徳田は目を閉じながら、麻衣を抱きしめた。
徳田と同じシャンプーを使ったはずなのに、なぜか甘い香りが漂う髪の毛。弾力のある彼女の肉体。そして、ぬくもり。ぬくもり。

「自分のやりたい仕事でご飯が食べられてたからね。結婚もして何もかもが順調だった。それなのに──」
「かわいそう……。麻衣がヨシヨシしてあげるね」
ある日の夕食後、軽くお酒を飲みながら身の上話をするふたり。
「麻衣は、なんで今の仕事に?」
「子どもの頃から親の都合で転校が多くて。だから、友だちもできなくてさ。人と接してこなかった反動からか、人のためになる仕事がしたいなって思うようになって。でも、生まれつき体が弱かったから、看護とか介護のハードワークは厳しいし。って思ってたら、この仕事に出会ったの」
麻衣の話を聞きながら、彼女を守りたいと望んでいる自分に気がついた。
「しっかりした思いを持って仕事してるんだね。それに比べて、今の俺は……」
「誰だって自暴自棄になるときくらいあるよ。這い上がるのは大変だけど、諦めないでっ!」
「俺、明日から仕事探すよ! もう一回、夢に向かって頑張ってみる」
麻衣は嬉しそうに微笑んだまま瞳を閉じると、甘えるように徳田の肩に頭を乗せた。

同棲カップルのような初々しい暮らしが突然訪れてから一ヶ月が過ぎた日、麻衣のぬくもりに溺れた徳田に、現実が突きつけられた。
「あのさぁ──」
「ん?」
「出会った日に伝えてあったと思うんだけど──無料期間、終わっちゃうんだよね」
甘い夢から叩き起こされた気分になり、徳田は思わず苦笑いをした。
「ごめん。すっかり忘れてた……。料金って、いくらなの?」
「年間200万円だよ」
「にっ!? 200万円?」
そう、と言ったまま麻衣は黙り、徳田も黙った。
銀行には離婚の際に妻との貯金を折半した250万円がある。貯金を切り崩しながら自堕落な生活を送って行こうと高を括っていた。契約金を支払ってしまえば、貯金の大半が消える。必死で働いて貯めた金。徳田は決心がつかなかった。
「契約してくれなきゃ、今日でサヨナラだね」
寂しそうに呟く麻衣の言葉が、徳田の迷いを強引に吹き消した。
「わかった! 俺は麻衣と出会えて変わることができたし、仕事も探してバリバリ働く。年間200万円くらい何とかするから、俺と一緒にいて欲しい!」
徳田の決心に安堵したのか、麻衣は笑顔のまま瞳に涙を浮かべた。それを見た徳田は、彼女を守らねばという決意をさらに固くした。
「じゃあ、一緒に銀行に振り込みに行こうか」
頷く麻衣。徳田は彼女の手を取り、玄関へと向かう。麻衣の手のぬくもりを感じながら。

「じゃあ、私、ここで待ってるね」
「わかった。すぐに振り込んでくるよ」
ATMに向かう徳田の後ろ姿を横目で見ながら、麻衣はスマートフォンを取り出し、電話をかけた。
「無事、契約完了いたしました。貯金から本年度分の契約金を支払うそうです。あと、定職にも就くとのことでしたので、先々の契約更新の可能性もかなり高いでしょう。──えぇ。まだ貯金も残ってるみたいですから、オプションサービスも申し込ませます」
契約完了の報告をしながら、電話口で麻衣はニヤリと笑った。
「それにしても、別れた夫から金をむしり取るサービスなんて、奥様とパートナー様は大胆な事業をはじめられたものですね。しかも、ご自身の元夫まで顧客として取り込むなんて──」

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