目まぐるしい進歩

「コラッ! ボウズ! 待たんかっ」
老人は腰の痛みに耐えながら縁側から立ち上がり、スモモの木に駆け寄った。大きなスモモを片手に持った少年は、老人の姿を一瞥すると、跳ねるように走り出した。憎らしい後ろ姿を見ながら、いつか捕まえて説教してやると、老人は息巻いた。

老人の家は、近くにある小学校の下校ルートにあった。歩道に面した庭には、スモモの実がたくさんなる木が植えられている。好奇心旺盛な子どもたちにとっては、平凡な日常を刺激するための格好の獲物だった。
ラジオを聴きながらウトウトしていると、徐々に大きくなる子どもたちの騒ぎ声。老人は咄嗟に目を覚ました。
「今日こそ、とっ捕まえてやる」
ノソノソと起き上がり縁側へと向かう。
「わぁ! じじいが出てきたぞ、急げ!」
先陣を切っているのは、見慣れたあの悪ガキ。促すように手招きし、他の二人をスモモの木に呼び寄せた。
「ここのリンゴは食べ放題だぜ!」悪ガキが叫ぶ。
「リンゴじゃない! スモモじゃ、バカたれ! それに食べ放題なわけがあるか!」
踏み石に置いたサンダルにつま先を通し損ね、老人は庭に倒れた伏した。
「じじいがコケた、じじいがコケた!」
大声で老人を嘲笑する子どもたち。あまりの悔しさに、老人は何度も地面を叩いた。

そんな攻防が数年続いたある日、縁側から歩道を眺めていると、例の三人組が下校してくるのが見えた。笑い声も騒ぎ声も響かせることなく、三人とも視線を落としながら歩いてくる。
「おい、ボウズたち。もう、スモモは盗らんのか?」
戦意をスカされた老人は、思わず声をかけた。よく見ると子どもたちの手には、長方形の機械が握りしめられていた。
三人は気を取られることなく、無言で老人宅を通り過ぎる。
「やった。レアアイテム、ゲットした」
悪ガキだった少年の小さな独り言だけが老人の耳に残った。

スモモ戦争に終止符が打たれてから、さらに数年。老人の満たされない日々は続く。子どもたちはもう、高校生か大学生か。
ある日、スモモを盗む悪ガキだった少年、長方形の機械に視線を落とすようになった少年、今じゃ立派に成長した青年が久しぶりに向こうから歩いてきた。
その手にはもう、長方形の機械は握られていない。視線も落としていない。ただ、正気でなくなったのか、真正面を見つめ、ニヤニヤ笑いながらひとりしゃべり続けている。
「おい。久しぶりじゃないか。どうした? ひとりでブツブツ言うて、頭でもおかしくなったんか?」
青年は軽く会釈すると、老人に言った。
「あぁ。アイ・ディスプレイで友だちと通話してたんです」
「ア、アイ、デス? なんじゃそりゃ……」
「通信相手の映像を直接網膜に投写して、映像を見ながら電話してるって感じですね」
「別の映像を見とるのか……?」
「そうですね」青年は爽やかに答えた。
「前から車でも突っ込んできたら、どうするんじゃ……」
「大丈夫です。映像は半透明のレイヤーで構成されてますので。目の前の景色はちゃんと見えていますから」
老人にはとうてい理解ができなかった。目まぐるしい技術の進歩はもちろんだが、スモモを盗んでいた悪ガキが、ここまで立派に成長するものかと感心した。
では、と言い残し、青年は老人に別れを告げた。

「手術は無事、成功しましたよ!」
スモモの悪ガキはさらに立派に成長し、今では先進医療の第一人者として大学病院に席を置いている。そして今日、数年前では治療不可能と言われていた老人の病を見事に治療してみせた。老人はベッドに横たわりながら、清々しく微笑む医師を見上げ、礼を言った。
「そうだ、おじいさん。僕にもかわいい妻と、悪ガキの子どもがいるんですよ。紹介してもいいですか?」
「もちろん」
病室のドアが開き、長身の美しい女性と、医師の昔を思わせる少年が入ってきた。その手には、大きなスモモが握られている。
「大輔、そのスモモは、ちゃんとおじいちゃんの庭から盗んできたか?」
医師は老人と目を合わせ、子どもに戻ったように無邪気に笑った。

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