お盆還り

「ちょっと、急いでくれませんか……」
 いかにも気の弱そうな中年の男、サトナカが前を歩く恰幅のいい男に向かって言った。
「そんなこと言ったって、混んでるんだからしょうがねえだろ! 急いでんのは、おめえだけじゃねえんだ。辛抱しろや」
 妻と子供に会えなくなってしまう。一年に一度、盆のこのチャンスにしか、向こうの世界に還ることができないのに。
 そのとき、向こうの世界行きのホームに大きなアナウンスが響いた。
『今回のお盆還りの列車は定員オーバーのため、次の便が最終となります。ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします』
 サトナカは最終列車を待つ乗客を数え愕然とした。車両の定員は50人。前に立つ男で定員オーバーだ。こっちの世界ではルールは絶対。違反すれば、重い刑が待っている。
「そんなぁ……。この日を心待ちにしてたのに……」
「残念だったな」
 恰幅のいい男が振り返り慰める。
「俺なんか盆還りしても、なんの楽しみもねぇけどよ。お前さん、そんなに家族のこと大事にしてたんかい?」
「えぇ。そりゃ、もう」
「まだ死ぬような歳にゃ見えねえけど、おたく、なんで死んじまったんだい?」
 頭からつま先までサトナカの風体を眺めながら男が尋ねた。
「電車のホームで、誰かから突き落とされたんです……。久しぶりに妻と食事でも行こうと、ホームで待ち合わせしてたのですが、結局、妻には会えず仕舞いで」
「それはそれは。余計なこと聞いちまったな」
 ボテっと垂れた腹をさすりながら、きまり悪そうに苦笑いした。
「家族が笑顔で暮らしている様子をお盆還りに見られるのが、唯一の楽しみだったんです」
「まぁ、仕方ねえな。近ごろじゃ、こっちの世界に来る人間の数も急に増えちまったし。こっちの世界にもいろいろと事情があるだろうしな」
 人情味厚く諭す男をよそに、サトナカの視線は男の肩越しに向けられた。視線の先には、彼の息子が立っていた。
「タカシっ!」
 サトナカは息子のそばへと駆け寄った。
「なんでお前がこっちの世界にいるんだ?」
 父親の存在に安心したのか、息子は声をあげて泣きだした。
「家の駐車場でボール遊びしてたら、バックしてきた車にはねられて……。気づいたら、こっちの世界にいたんだ」
 そこまでをひと息で言い終えると、あとはひたすらに泣き声を引きつらせた。
「そんなことがあっていいものか!」
 息子を抱く腕に力を込める。
「すみません。まだお名前をお伺いしていませんでしたね」
 サトナカは勢いよく立ち上がると、腹の出た中年男に名を尋ねた。
「俺は、島田だよ」
「島田さん。せっかくのお盆還りの機会、非常に頼み辛いのですが──あの」
「わかってるよ。あんたのカミさんの様子を見てきて欲しいってお願いだろ? 家族を思うあんたの気持ちを聞いてると、俺ァ感心しちまったよ。息子さん、大変な目に遭っちまったみたいだから、カミさんも気が動転してるかもしれねぇしな」
 サトナカは首を横に振った。
「いいえ。私のお願いはそうじゃないんです」
 島田は虚を突かれ、ポカンと口を開けた。
「どうにかして、私の妻を殺してきて欲しいんです」
「殺す?」
「はい。そうすれば、あいつもこっちの世界に来ることができる。向こうの世界に一人ぼっちで残しておくのはあまりにも酷すぎる。いっそのこと、家族揃ってこっちの世界で暮らすほうが、幸せだと思うんです」
 サトナカの決意に押されるように、島田は首を縦に振り、ホームに到着した列車に乗り込んだ。

「ご主人さんよ……」
 お盆が終わり、こっちの世界に帰ってきた島田は、サトナカを見つけるなり声をかけた。
「うまくいきましたか?」
「それが……」
 島田は俯き、口ごもった。
「あんたのカミさんは、他の男とよろしくやってるよ」
「他の男?」
「どうやら、ホームからあんたを突き落としたのも、車で子供をはねたのも──他の男と一緒になりたかった、あんたの奥さんのようだな……」