温かい雪

 告げられた病名は、進行性網膜萎縮症。すでにほとんど目が見えておらず、失明に至る日も近いのだとか。病を治してあげられない自分の無力さが憎かった。

 テリーが家にやってきたのは、私が中学生のころ。寒くて雪の降る日だった。
 私の住む町に雪が降ったのは、私の知る限り、後にも先にもその日だけ。信じられないほどの大雪が降った。そんな特別な日に家にやってきたテリーは、プロレス好きの父親がその名を命名した。私はもっとかわいい名前がいいと反発したが、頑固な父親は譲らず、テリーという名前に決まってしまった。
 ひとりっ子だった私は、いつもテリーと一緒にいた。学校から帰ってきてもすぐにテリーと遊んだし、散歩もまったく苦にならなかった。弟のような存在だったのかもしれない。
 テリーの様子がおかしいと感じたのは、散歩中に電柱にぶつかることが増え、声のするほうに目を向けるとき、視線が宙をさまよいはじめたから。異変に気づいていたのに、年のせいだろうと気にも留めず、すぐに病院に連れて行ってあげなかったことを悔やんだ。

 両親が早くに他界した私は、旦那の実家に身を寄せながら出産することに決めた。実家がなくなってしまった私にとって、今では旦那の家が実家であり、旦那の両親が親のような存在だ。
「あら陽子ちゃん、ご無沙汰! おめでたなんやね!」
「そうなんです! はじめての出産なんで、ちょっと緊張気味で」
 不妊症だと医師から告げられたその時、私は夫の胸に顔を埋め、声を出して泣いた。二人とも結婚前から子どもを望んでいたのに、一向に子どもができない私。そんな私を責めることなく、夫は気長に待ってくれていた。
 原因はやっぱり私にあった。未来への希望を裂くような事実を突きつけられた私は、他人よりも劣っていると自分を責めたし、涙を流さない日はなかった。
「諦めずに治療を続ければきっと子どもができるって、先生も言ってくれたじゃないか。二人でゆっくり歩んで行こうよ!」
 夫はどこまでも私を責めなかった。3年も費やした不妊治療にも、辛抱強く付き合ってくれた。妊娠を告げられた時の喜びがどれほど大きかったものか。病院の帰り道、夫が私に言ったひとことは、おつかれさまやおめでとうではなく、「ありがとう」。その言葉が、涙を流す日々から私を解放してくれた。
「幸次君の家は病院の近くだから安心やね。元気でかわいい赤ちゃんが生まれてくるの、楽しみにしてるわね!」
 かけられる言葉のすべてが嬉しい。この子はみんなから待ち望まれて生まれてくるんだ。そう思うと、私自身も誇らしさで満たされる。
 ご近所さんとの会話を終え、ふとテリーに目をやると、その姿が消えていた。普段はリードを手放すことなんてない。都会は危険で溢れているから。でも、田舎の悠々とした雰囲気に気を許した私は、リードなしでテリーを散歩に連れ出してしまった。
 目の調子が悪くなってからのテリーは、とても臆病になった。医師に言わせれば、それは当然のことらしい。怖いもの知らずの性格だったテリーの面影はもうない。それなのに、どうして私のそばから離れたのだろう。岩や崖の多い山道は、テリーにとって危険しかないというのに。
 妊娠中の体で荒れた山道を歩くのは、予想以上にきつかった。それでも、テリーへの心配が足を前に出させた。なだらかな斜面が目の前に現れたのは、大声でテリーの名前を呼びながら30分ほど彷徨ったときだった。真っ白でふんわりとした雪が積もる斜面。陽の光を受けて輝く純白の雪からは、心が緩むような温かさを感じた。
 積もる雪のうえに人の足跡はない。そこにあるのはテリーの足跡だけ。こんなにも無邪気に吠えるテリーの声を耳にするのはいつぶりだろう。宙を見つめながら、絶え間なく尻尾を振っている。鼻先を突き上げ何かを感じているようだ。目を凝らしてみると、その鼻先には、風花。晴天の光を優しく撒くように、ちらちらと雪が風に舞う。テリーにはそれが見えないはずだ。でも、確かにそれを感じている。初々しい表情を浮かべるテリーを見て、ふと気づいた。雪の降る日に出会ったテリーを、雪のある場所に連れてきてあげたことがなかったことに。
 おじいちゃんのテリーはあと何年生きられるかわからない。でも、生まれてくる子どもにはテリーを見せてあげたい。もちろん、テリーにも子どもの声を聞かせてあげたい。
 ちらつく雪が去ったあとも、テリーの尻尾は名残惜しそうに揺れていた。