乙女の恋

 せっかくの夏休みなのに、おかあさんって酷い。買い物にも行けないし、彼氏にだって会えない。まさか、こんな田舎でアルバイトすることになるなんて!
 東京から電車を乗り継いで約5時間。母方の親戚が営む質屋は、映画のセットを思わせる古ぼけた町並みの中にひっそりとあった。
「よろしくおねがいしまーす!」
 返事がない。高校生の女子らしく、元気に声を張り上げたのに肩透かし。もう一度呼んでみた。中から弱々しい返事が聞こえた。
 私に与えられた仕事は店番。親戚のおじさんが腰を痛めてしまったらしく、店頭に立てないから代わりが欲しいと、母に相談がきたそうだ。もちろん私はアルバイトの身。品物を鑑定することなんてできない。奥の部屋で療養するおじさんに品物を見せ、お客さんに価格を伝える。私の仕事はそんな感じ。
「これ、買い取りで頼みます」
 住み込みのアルバイトをはじめてから3日目のこと。おっとりしたおばあちゃんが、買い取り希望の品を持ってきた。
「かわいい時計ですね!」
「死んだじいちゃんからの贈り物やったんです。じいちゃん、もう死んでしもたからね」
 顧客リストを見たところ、おばあちゃんの名は河合さん。亡くなられたご主人からもらったプレゼントを、買い取りで持ってこられる常連さんだそうだ。多いときは一日に二回も来店することがある河合さん。ご主人は生前、どれだけたくさんのプレゼントを河合さんに贈っていたんだろう。それほど愛してくれていたご主人を亡くされて、河合さんも悲しんだだろうな。でも、どうして質で買い取ってもらうんだろう。大切に残しておきたい宝物なんじゃないの?
 疑問に感じた私は、無邪気に尋ねてみた。
「亡くなられたご主人からのプレゼント。大切に持っておかなくてもいいんですか?」
 河合さんが今日持ってきたのは、赤とオレンジの模様が繊細に染められた扇子。すごく高級そうだ。河合さんの人柄に似合うものをご主人が選ばれたのが伝わってくる。
「じいちゃんは天国でこう言うとるはずなんよ。先に逝ってしもてごめんって。ひとり残してしもてごめんって。ワシが生きとった頃に贈った品々は質で買い取ってもらって、残りの人生、贅沢せいよってな」
 なるほど。それもまた人の人生なのかも。ちょっと寂しい気もするけど、本当にご主人は天国でそう望んでいるのかもしれない。扇子を眺めながらそんな風に思った。

「ねえねぇ。たとえばさぁ……」
 東京を離れて二週間が経った。慣れない土地での生活はやっぱり寂しくて、恋人のタケルに電話したくなった。
 向こうも私からの電話が嬉しかったのか、声の調子が弾んでいる。
「タケルが死んだあと、タケルからもらったプレゼントをね、売っちゃったりしたら、やっぱり寂しい?」
 タケルは即答してくれた。寂しいに決まってるだろって。
 私はきっとタケルにもらった思い出のプレゼントを売ることはないだろう。この指輪だってそうだ。触れるだけで愛おしく感じる。
「早く東京に帰ってタケルに会いたいよー」
 甘えてみた。どうせもうすぐアルバイトも終わる。おじさんの息子が単身赴任を終えてこの町に戻ってくるそうだ。そして、この質屋を継ぐらしい。東京に戻る日も決っているのに、今、すごく寂しくて愛おしくて、甘えたくなった。好きな人がいるって、やっぱりいいな。

 私のアルバイトが終わった。この町にまた来ることはあるだろうか。まるで映画の世界にいるような日々だった。人も町も、質屋の店内も。
 町の雰囲気を目に焼きつけながら、駅までの道のりを歩く。駅の手前の小さな公園には、ゲートボールを楽しむ老人たちの姿が。
 その中のひとりに河合さんがいた。見慣れた後ろ姿。買い取り金額を受け取って質屋を出て行くときの、少し嬉しそうな後ろ姿は忘れられない。
「えっ?」
 よく見ると河合さん、隣に立つ白髪の老人と手を繋いでいる。とても仲睦まじく微笑み合ってゲートボールを楽しんでいる。
 ご主人だろうか。河合さんが嘘をついていたの? いや、きっと嘘じゃないはず。だとしたら、隣の老人は……?
 河合さんはこっちに気づき、手を振りながらペロッと小さく舌を出した。乙女はいつだって恋に夢中なんだな。
 夏らしい風が、東京に帰る私の背中を優しく押してくれた。