消される存在

「はい、S警察です」
「夜分遅くにすみません。ウチの夫が、ここ数日、家に帰らなくて……。携帯に電話してもつながらず。もし行方不明にでもなっていたらと心配になって……」
「なるほど。ご主人のパーソナルナンバーをお伝えいただけますでしょうか?」
「え?」
「パーソナルナンバー、ご存知ですよね? 国民番号です。そちらをお教えいただければ、こちらで捜査ができますので」
「はぁ。あの、夫の特徴とか雰囲気とか、そういったことはお伝えしなくても……」
「結構です。パーソナルナンバーのみで構いませんので」
 テレビラックの引き出しからパーソナルカードを引っ張りだし、女はか細い声で番号を伝えた。受話器からパソコンのキーボードを打つ音が聞こえる。
「はい。検索が終了しましたので。それでは、後の捜査はこちらにお任せください」
「あ、あの……」
 戸惑いを突き放すように、電話が切られた。

「どうやってそれを実現するんです?」
 宮城純平は、上司である小島に詰め寄った。
「簡単なことだよ。か、さ、ね、る、だけ。データを重ねちゃえばいいんだよ」
「そんな簡単に言いますけど、それで人の命が奪われるんですよ!」
 学生時代からの癖。相手が先輩だろうが上司だろうが、道理から外れたことには、眉間に皺を寄せて声を荒げてしまう。
「じゃあお前は、効率的に人口を減らせる方法を知ってるっていうの? もう、年金も健康保険もシステムは破綻してんだよ。どうやってこの日本を救うのさ?」
 それは……。宮城は言いよどんだ。
 未来への借金が膨れ上がった日本。社会保障のシステムは理論上、すべて破綻した。そこで出された答えが、人口を減らすこと。システムが無駄だと判断した一部の人たちを消して行く。そうすれば、無駄な保障もなくなる。日本にとって無駄な人への不毛な出費を抑えましょう。そんな恐ろしい施策が、秘密裏に進められている。
「すごく簡単な話なんだよ、宮城くん」
 オールバックの髪を撫でつけながら小島が言う。
「結論、同じような人間は、この日本には不要なの。似たような容姿、似たような能力を持った人間は、二人いても意味ないじゃない。だから、どっちかを消しましょうって話。すごくシンプルでしょ?」
「理屈は分かるのですが……」
「パーソナルカードを通じて我が日本は、すべての人のあらゆる情報をデータベースに格納している。それをA指標とB指標の二つに分ける。あとは、そのデータたちを、か、さ、ね、る、だけ。重複した人は、サヨウナラ」
 卑劣なやり方だ。国が主導の施策。警察ももちろんグルだ。作為的に消された人間は、家族が望んでも捜査すらされない。残された者たちは、身近な人が消えた事実をただ受け止めるしかない。だからといって、他に有益な手段なんて思いつかない……。

「はじめまして。小島と申します」
 え? 小島?
「でしょうね。私は、宮城さんの上司である小島猛の双子の弟、小島守と言います」
 目を丸くする宮城に小島守は自己紹介した。
「そういや、ずいぶん前に、小島さんの口から弟さんのこと聞いてた気がします。これでもかってくらいに似た弟がいるって。女には俺のほうがモテたって、強がってましたけど」
 穏やかな笑い方。人柄はあまり似ていないようだ。
「実は私も、兄と同じような道を歩んでいまして。念願叶ってこの部署に配属されることになりました」
 ある想像が頭をよぎった。双子で能力も同じ場合、消される対象になるんじゃ……。
「それと、ご報告が。宮城さん、あのシステムのことご存知?」
 こんなタイミングで部署の配置換えがあるなんておかしい。しかも、小島さんの弟が配属されるなんて、なおさらだ。小島さんが消されるのか。こんな身近に消される存在が現れるなんて、やっぱり狂った施策だ。
 小島守は軽く咳払いした。
「どうやら、私と宮城さんのデータが重なってしまったみたいで。残念ながら、宮城さん、消されちゃいます」
「えっ? そ、そんな! 僕とあなたは、どこも似てませんよ!」
 小島の目に冷酷な色が浮かんだ。
「プログラムにバグはつきものです。所詮、機械のやることですからねぇ。発展に犠牲はつきものですよ」