離婚届

「先生! これ、落とし物。誰のだろうね。あっ、石村って書いてある!」
 女子生徒が落とし物として届けてきたのは、石村和樹の両親の名前が書かれた離婚届だった。これはマズイ。こんな状況になっているのか。しかし、なんでこんなものが学校に落ちてるんだ……。

 インターホンを押す。見るからに裕福そうな家だ。俺は両親と話をするため、石村の家を訪問した。
 石村家は家族全員で玄関先に現れた。離婚届の件を簡単に伝えると、さすがに立ち話で済ますのはマズイと感じたのか、俺を玄関横の部屋へと案内した。
「今日、クラスメイトの女の子が、掃除中にこれを拾ったそうです」
 自分が受け持っている生徒が、学校に離婚届を持ってきているなんて話、これまでに聞いたことがない。
「パパとママが離婚しようとして、こんなもの書いてるから、僕がそれを預かってたんだ。こんなもの勝手に出されてたまるか!」
 大人たちの沈黙を破るように、石村が感情をむき出した。
 小学校低学年でも、両親の不仲には敏感なものだろう。大人が思っているほど、子どもは無知でも鈍感でもない。
「机の中にしまっておいたんですが、数日前から見当たらず……。すみません、こんな恥ずかしいことになってしまい……」
 父親の浩司が肩を落としながら、ボソボソと小声で弁解する。母親の美佐は黙ったまま、ずっと離婚届に目を落としている。
「てっきり、妻がこれを持ち出したものとばかり思っていました。まさか、和樹が持って出ていたなんて……。子どもにまでこんな思いをさせてしまい、私は父親失格です……」
「お二人のご関係は、そんなに上手く行ってないんですか?」
 突っ込んだ質問過ぎるだろうか。いや、生徒が離婚届の存在を知り、それを学校に持ってくるなんて大問題だ。これくらいの話をするのは、教師として当然のことだろう。
「それが……。どうやら妻がヨソで男を作ってるみたいなんです」
「そんなこと、今言わなくてもいいじゃない!」
 黙っていた母親が焦って口を開く。夫を睨みつける目は鋭く、もはや愛情のカケラさえ感じられなかった。
「お前が怪しいことばかりしてるからだろ! どうしてお前がキレるんだ? お前にそんな権利なんてない!」
「二人とも、ちょっと待ってくださいよ。夫婦の問題に触れてしまった僕のせいですが、これは和樹君がいる前でする話じゃない。どうか、お二人とも気を鎮めてください」
 自分のおとなげなさを反省したのか、すぐに二人は元の沈黙を取り戻した。
「ともかく、和樹君が幸せに暮らせることが最優先なんじゃないでしょうか。大人には大人の事情があるでしょう。でも、そこは和樹君のことを一番に考えてあげてください」
「そうだよ!」
 涙目になった石村が両親をたしなめる。
「ご家庭での問題は、それを深く知らない他人が口を挟むべきじゃない。しかし、僕は和樹君の成長をサポートする教師という立場。和樹君が健やかに暮らせるよう、親のあり方を見つめ直していただけませんでしょうか」
「ありがとうございます。感情的にならず、妻ともう一度、冷静に話をしてみます。和樹のことを一番に考えながら」
 父親は深く反省した様子で、俺に謝罪してきた。母親は相変わらず黙ったままだ。
「僕じゃなくて、和樹君にしっかり謝ってあげてくださいね」

「それじゃ、僕はこれで失礼します」
 座布団から立ち上がろうとしたその時、石村が俺を呼び止めた。
「先生! そういや僕、学校でこんなもの拾ったよ。先生に渡さなきゃって、大事に取っておいたんだ」
 石村はズボンのポケットから一枚の写真を取り出した。そこには、寄り添い腕を組む男と女の姿が。
 それは、石村の母親、いや、美佐と俺が腕を組んで歩いている写真。ラブホテルから出てきた直後の写真だった。
「先生とママって、友だちだったんだね。僕、知らなかったよ。でも、大好きなママと大好きな先生が、仲良しで良かった!」
 子どもは無知でも鈍感でもない。ついさっきの俺の言葉が脳裏をかすめた。
「ママも言ってくれたらよかったのに。先生、これからもママと仲良くしてあげてね!」