サクラ

『せっかく待ち合わせの場所に来てくれたのに、ごめーん! 友だちが急に体調壊しちゃったみたいで、今から来てくれって言われちゃって!』
『そんなぁ……。やっと会えるって楽しみにしてたのに。もうポイント残ってないよ。課金できるお金ももうないし。こんなの詐欺だよ。ポイント使わせるだけ使わせて、最終的に会えないなんて……。葵ちゃん! お願いだから、来てよ!』
「うっせぇ。カス」
 こんな仕事をしている俺も最低だが、サクラ相手に騙されて、ホイホイと出会い系に金をつぎ込むヤツは、もっとバカだ。
 女になりすまして、男たちが送ってくるメールの相手をする。男はメールを送るたびに金がかかる仕組みだ。最初は人を騙すことに抵抗があったが、今となっては、心すら痛まない。普通のアルバイトに比べて、時給がかなりいいこの仕事。こんな仕事でも、給料としてまとまった金が手に入れば、誰の倫理観だって、たやすく崩壊するだろう。

『陽菜ちゃん。今なにしてんのー?』
『今ねぇ。スマホいじってるよぉ』
『部屋で?』
『うん』
『どんな服装してんの?』
『どんなだと思う?』
 こいつら、ほんとバカだ。ポイントを消費させ金を使わせるために、無駄な会話のやり取りを増やしてることくらい、気づけよ。
『ピンクの部屋着?』
『ブッブー!』
『じゃあ、まさかの制服?』
『ざんねーーーん!』
 ポイントがゼロになるまで、このくだらないクイズを続けてやろうか。
 金持ちの連中は、いくらでも出会い系に金をつぎ込める。無駄にポイントを消費しようが、会う約束をドタキャンされようが、ビクともしない。問題は、貧乏人だ。
 モテない貧乏人たちこそ、このくだらない出会い系サイトにすべてを懸けている。もちろん、メールのやり取りをしてる相手が男だなんて疑っちゃいない。女と会えるって本気で信じてるし、そのために、わずかな給料のすべてを投げ打つ。貧乏人に同情してちゃ、サクラの仕事なんてやってられない。悪いけど、これが俺の仕事だ。
『葵ちゃん……。もうお金がないから、メール送れないよ。最後のポイント使ってお願いするね。待ち合わせ場所で待ってるから!』
『行けそうなら行くねぇー』

 仕事が終わるのはいつも朝方。朝飯を買って帰ろうとコンビニに向かう。疲れた目を擦りながら歩いていると、背後から誰かにぶつかられた。痛てぇな。振り向いて睨みつけてやろうかと思ったけど、体が言うことを聞かない。身体中が一瞬にして熱を持った。
「てめぇ。あの事務所から出てきやがったな。例のサクラやってる会社だろ」
 耳元で男の声がする。どうやら俺、刺されたみたいだ。激痛で悶絶しそうなのに、こめかみの辺りが妙に気持ちよくて、眠気すら感じる。このまま死ぬのか。
「お前らのせいで、俺の兄貴は自殺したんだ。全財産を奪われた挙句、首を吊って死んだ。自殺なんかじゃねえ。お前らに殺されたんだ! お前みたいな社会のゴミは死ね!」
 内蔵をえぐられるような痛み。怒りに任せて、さらに深く突き刺しやがった。徐々に意識が遠のいていく。俺を刺した男は、倒れ込む俺を睨みつけ、前方へと走り去った。
「うっせぇ。騙されるほうが悪いんだよ」
 視界を埋めるアスファルトに向かって、声にならない声を吐き捨てた。
 誰か助けに来てよ。痛いよ。動けないよ。涙が止まらないよ。怖いよ。
 そうだ。恋人の結衣に連絡して、迎えに来てもらおう。それか、結衣に救急車を呼んでもらおう。
 ポケットからスマートフォンを取り出す。ホームボタンを押すと、見慣れたアイコンたちが表示された。倒れた拍子に壊れてなくて良かった。
 送信先を選択する。
『結衣! 男に刺された! 助けに来てくれ!』
 残された力を振り絞って文字を打った。死にたくない。死にたくないよ。
消え行く意識の中、人差し指に力を込め、送信ボタンをタップした。もはや、夢の中にいる感覚だった。自分が今どこで何をしているのかも分からない。ただ、唯一分かるのは、ぼやける視界のなか、俺のスマートフォンの画面に、こんな警告が出ていたこと。
『ポイントが足りないため、メッセージを送信できません』