中華料理店の職人と弟子をめぐる物語

「被害者は頭部を強打され即死。死因は脳内出血。鈍器のようなもので前頭部を殴られている。あれは、鍋だ。あれは重い中華鍋で殴られて死んでいる。間違いない」
 ホコリ臭い取調室に二人。年季の入ったスチール製の机の向かいに座るのは、中華料理店まごころ飯店の大将、田中さん。
「そうなんですねぇ……」
「アンタ、誰かをかばってるだろ?」
ぼそぼそと力なく答える田中さんに向かって、俺は怒鳴った。
「かばってやしませんよ……」
「嘘だね。俺は知ってる。アンタの店に、何年通い詰めていると思ってんだ! アンタはあんな野暮な中華鍋の振り方はしない。あんな振り方じゃ、まごころ飯店名物のチャーハンの米は、パラパラになんかなりゃしない。そうだろ?」
「殺人とチャーハンに何の関係があるっていうんですかぃ」
 田中さんは、細い目をさらにしぼめた。
「職人ってのはそんなもんだ。使い慣れた道具は、どんな使い道だろうが、クセが出ちまう。あれは田中さんの中華鍋の振り方じゃない!」
「じゃあ、誰の仕業だって言うんですか?」
「道路向かいの店、ほのぼの飯店の、菊川さんだよ」
 田中さんの目を睨みつけたまま、背後に腕を伸ばし、指を突き立てた。
「菊川さん?」
「そうだ。菊川さんだよ。あの中華鍋の振り方は菊川さんに違いない!」
 俺は両手の拳に力を込めた。
「菊川さんがまごころ飯店で下積みしてる頃から、俺は店に通ってるんだ。誰の中華鍋の振り方かくらい、すぐに分かる。確かに菊川さんは味覚に優れている。だけど、田中さんのあの職人技とも言える中華鍋の振り方だけは、マスターできなかった。だから、まこごろ飯店で菊川さんがチャーハンを出し始めた頃、俺は米のパラパラ具合で、すぐに菊川さんが調理したものだってことがわかった。客はそんなに甘くない。職人が作ったものか、弟子が作ったものかくらい分かる。被害者の頭部の損傷を見た瞬間、ピンと来たんだ。菊川さんが振った中華鍋にやられたなって」
 田中さんは黙ったままだ。
「なんで菊川さんをかばってるんだ? 田中さんはどうして奴をかばってるんだ? 田舎から出てきたばかりの、右も左も分からない菊川さんを、手取り足取り育ててやったのは他でもない、田中さん、アンタじゃないか。菊川さんが、手を出しちゃいけない女に手を出しちまったばかりに、危ない男たちから狙われてたときだって、アンタが金で解決してやったじゃないか。あの時だってそうだ。菊川さんの郷のおふくろさんが病気になって長くないと知ったとき、生きられるところまでは満足に生きて欲しいって、安くない薬代を菊川さんに渡してやってた。菊川さんは、アンタに恩義を感じてる。返せないくらいの恩を感じてる。田中さんだってもう若くない。店の跡継ぎだって欲しかっただろうに、いつか自分の店を持ちたいって菊川さんの夢を叶えてあげたの、アンタだろ? なのに、どうして菊川さんの罪を、アンタがかばわなきゃならないんだ。アンタが必死になって、菊川さんに中華鍋の振り方を伝授したからこそ、ああやって菊川さんは、ほのぼの飯店を出せたんだ。アンタが真心込めて教えてやったからこそ、菊川さんは立派な中華料理屋の大将になれたんだ。それなのに……」
 子どもの頃から食べ続けた、まごころ飯店のチャーハンの味が口内に広がった。強烈な強い火の上で踊るように振られる田中さんの中華鍋の動きが脳裏に浮かんだ。俺を育ててくれたのは、田中さんのチャーハンだ。それを思うと悔しくて、俺は一気にまくし立てた。すると、黙って聞いていた田中さんが、ゆっくりと口を開いた。
「俺は生まれつきブサイクでねぇ。若い頃から、女にはモテなかった。いつまで経っても童貞。そんな坊主頭の男は、女以外の何かに打ち込むしかないだろう? それで俺は中華料理を極めたんだよ」
「そんなことと、アンタが菊川さんをかばうことに、何の関係があるっていうんだ?」
「菊川の奴は見ての通り、色男さ。いっくらでも女の味を知ってやがった。正直俺は、アイツのことが羨ましかった。アイツと一緒にいれば、女を知ることができるって信じてた。そして、ついに俺は、アイツのおかげで女を知ることができたのさ」
「それが? それが、かばう理由……?」
「そうさ。俺はアイツに、中華鍋の振り方を教えてやった。そして、アイツは俺に、腰の振り方を教えてくれた。それがアイツをかばう理由のすべてさ。さすがのチャーハンも、女の味には勝てねぇや」