リアル脱出ゲーム

「みなさんを導く標識がありますんで、目を凝らしてしっかりチェックしてくださいね。生き残りをかけた道を選びながら、生きて、脱出してくださいっ!」
ボーイスカウト風の制服を着たスタッフの男が、無垢な笑顔で声を張り上げる。それを聞きながらオレは、「こういうの苦手なんだよなぁ……」と、小声でミサに言う。
「最近の脱出ゲームは、ほんとリアルなんだから! きっとタカシもビックリするよ!」とミサははしゃぐ。
 所詮、地方都市の片隅にあるデパートの催事場。近頃の脱出ゲームがいくら秀逸だからって、それは都会の話。こんな田舎に、本格的なイベントを持ってこられるわけがない。
「そこのお兄さんとお姉さん! 今回の脱出ゲーム『地球滅亡へのカウントダウン』は、世界でも人気のイベント。本気で襲ってくるゾンビたちをはじめ、恐怖のトラップの数々! ウワサによると、中に入ったまま帰ってこなかった人もいるんだとか……」
 オレたちの恐怖心を煽りたいのか、わざとらしく、消え入るような声で語尾を濁した。
アホくせぇ。行方不明になった客がいたら、イベントは存続できないだろっつうの。
「ルールはしっかりと理解されましたか? それでは中へ! 無事に生きて脱出されること、祈ってますねぇー」
 どこまで脳天気なスタッフなんだ。オレは呆れたまま、ミサに手を引かれ、入り口のゲートをくぐった。

「刃のルートと炎のルート?」
 脱出ゲームのフロア内は、想像とは違い、かなりのリアルさ。ここが田舎のデパートの中だってことは、すぐに忘れてしまった。
 しばらく歩いてぶち当たった壁には標識。オレたちをどちらかへ誘おうとしている。
「アタシ、熱いのキライだから、刃のルートにしない?」
 ミサは世界観を無視した脳天気な理由で、オレの手を刃のルートへと引っ張った。
「ウッ!」ふいに右の肩に痛みが走った。
鋭利な刃物で切られたような熱い痛み。暗くてよく見えないが、シャツの右肩部分が裂けていて、血が滲んでいるようだ。
「ミサ! ちょっと待ってくれよ。刃のルートって、マジの刃が飛んできてるぞ……」
「だから言ったじゃない! 超リアルな脱出ゲームだって」
 リアルの意味が違うだろ。ケガを負わせて大丈夫なのか? 痛みの残る肩を押さえながら、先を行くミサを追いかけた。
 最悪の事態は、五つ目の標識を曲がった時に起こった。オレたちが選んだのは、絶望のルート。ここに辿り着くまでにも、信じられない出来事がたくさんあった。心の中で何度も、出してくれ、と叫びそうになった。さすがのミサも、落とし穴に落ちて足を痛めてからというもの、恐怖でずっと黙ったままだ。
放心状態の二人が絶望のルートの標識に従った瞬間、背後から唸るような声が聞こえた。振り向くと、ナイフを手にしたゾンビの姿が。ミサを襲おうと迫ってくる。
「やめろ!」
 ゾンビが持つナイフがミサの背中に食い込んだ。ゾンビはすぐにナイフから手を離し、甲高い奇声をあげながら走り去った。怖くて声も出ない。ミサに突き刺さったままのナイフを見て、オレは泣き出しそうになった。
 逃げなきゃ。オレはミサを背負い、全力で走った。目の前の景色は、涙でよく見えない。次の標識が現れたが、左のコースの文字しか見えなかった。それは滅亡のルート。矢印に従い、体を左に向けた瞬間、信じられないほど大きな振動が館内を襲った。会場内の装飾も振動で崩れて行く。壁には亀裂が走り、地鳴りが響いた。オレが選んだのは滅亡のルートだ。これまで起こった悲惨な出来事が、地球の滅亡をリアルに予感させた。これは死ぬわ。間違いない。地球が滅ぶんだ。
 そういえば、入り口でスタッフが言ってたっけ。地球が滅びそうになったら、「オレは地球を救う英雄だ!」と叫べって。アホらしい。そう思い、聞き流していたけど、今はアホらしさにもすがりたい。もうろうとした意識のまま、オレは叫んだ。
「オレは地球を救う英雄だっ!」
 願いが叶ったかのように、一瞬にして揺れが止まった。館内の照明が一斉に点灯される。眩しさで閉じた目をゆっくりあけると、そこにはスーツを着た女性の姿が。何が起こったのか、思考が追いつかない。
「見事、合格ですね! 『サバイバルの世界でも彼氏は生き残れるか。ザ・結婚適正試験』。彼女が申し込まれたんですよ。標識に弊社のロゴが印刷されていたでしょ?」
 そんな冷静にロゴなんか見てねぇよ……。
背負ったままのミサを振り返る。おどけた顔。ミサはペロリと舌を出した。