夏の寒さ

「それにしても、日本語が上手ですなぁ」
 テーブルの上に並ぶ日本の工芸品。岸本忠夫は、彩り多い工芸品に興味を示す男女四人の外国人たちを、朗らかに見つめている。
「日本ノ音楽ガスキデス。音楽ヤ漫画デ日本語ヲ勉強シマシタ」
「そりゃ素晴らしい。日本には伝統的な文化がたくさんあります。他の国にはない、繊細な表現が多いでしょう? 日本文化の中には、和の心が詰まっているんです」
 岸本は、都内の日本文化会館で館長を務めている。近ごろでは、政府のインバウンド施策の影響もあって、外国人がたくさん訪れるようになった。少し前までは、閑古鳥が鳴いていたこの施設。今では賑わいを取り戻し、岸本もすっかり上機嫌だ。日本文化に熱心な外国人に対しては、関西出身の岸本の口調がさらに饒舌になる。
「さすがに、これほどの工芸品は母国じゃお目にかかれないでしょう?」
「ソウデスネ」
「素晴らしき伝統が、日本好きの心に電灯を灯すようですな」
「デスネ……」
 岸本は少しのけぞり、得意気に笑った。
「それはそうと、こっちの工芸品はもう見られたかな?」
 岸本に手招きされ、外国人たちはゾロゾロとその後をついて歩いた。
「とても素敵な一品をお見せします。あまりの素敵さに、ステーキの旨さだって勝てやしない。驚かれること間違いなしっ」
「オォ。タノシミデスネ……」
 またしても得意気に笑う岸本。それを見て、外国人たちは、お互いの顔を見合わせた。
「それじゃ、日本文化を体感してもらおう」
 岸本は軽く腰を屈めると、テーブルの上から扇子を取り上げ、勢いよくそれを広げた。
「ワオッ! ビューティフル!」
 花うさぎが描かれた扇子に、外国人たちは、大きな歓声を上げた。
「美しいだけじゃないですよ。ほら、こうすると……」岸本は扇子を小刻みに震わせ、一人ひとりに風を送った。
「涼しいでしょう?」
 外国人たちは目を瞑り、扇子が作る柔らかい風を感じた。
「この扇子の絵柄は、とてもセンスがあるんですよ!」
 外国人たちは、岸本の言葉には反応せず、目を閉じたまま風を感じ続けた。
「トテモ、涼シイデスネ」
「それじゃあ、こちらの品はいかがかな?」
 岸本は、並ぶ扇子の横に置かれた風鈴を取り上げた。それは、真っ赤な金魚が描かれた、日本の涼を感じさせる風鈴だった。
「そのまま目を閉じていてくださいね」
 岸本は短冊を軽くつまみ、左右に振った。静かな館内には、風鈴の音が静かに響く。岸本は先ほどの扇子をあおぎ、短冊に風を送った。風鈴の音が優雅に広がった。
「トテモ、ステキ!」
 日本の繊細な涼を感じ、外国人たちの表情がさらに和らいだ。
「この音色は、鈴虫の声にも似ているとされているんです。風鈴の音に癒やされれば、高温多湿、日本の蒸し暑さも無視できるというもんですわ」
 岸本の大きな笑い声が、風鈴の音色をかき消した。いつの間にか、岸本は扇子で自分の顔を扇ぎはじめている。
「どうでしたか? 涼を味わえる日本の工芸品の魅力は」
「工芸品ハ、トテモ涼シサ、感ジラレマシタ。ケド……」
「けど?」
「館長サンノ、ツマラナイギャグハ、涼シサヲ通リ越シテ、寒イデス」
 外国人に自分の笑いのセンスを非難され、岸本は苦笑いしながら頭を掻いた。
「館長サンノギャグ、スケートリンクダネ」
「スケートリンク?」
「トテモ、ヨク、スベル」
「うまいっ! これは一本取られた! 日本語で上手いこと言われたんじゃ敵わねえ。つまらんギャグで凍りつかせちゃって、すんませんなあ」
 自分より背の高い外国人たちを見上げながらムキになる。鼻の穴を大きくして息巻く岸本。
「スケートリンク、凍リツカセル? ジョーク?」
 外国人たちは憐れむように岸本を見下ろすと、両手で体を包み込むジェスチャーをした。
「エアコン、チョット、キツイネ」
「あいすみません。アイスだけに……」
笑い声に呼応して、風鈴が涼しげに鳴った。