巡りめぐる階段

「彼、いや、君を見つけたら、何が何でも説き伏せるんじゃぞ。分かったな」
たまたま飛び込んだ占いの館で、まさかこんなことになるなんて。目の前の胡散臭い老人に促されるまま、疑り深い足取りで部屋の奥へと進み、薄いカーテンをめくった。

あれから何日間、階段を上り続けているだろうか。代わり映えしない景色の中を、ひたすら歩むことは、ただの苦痛でしかない。でも僕はそうまでしても、自分の過去を変えたかった。過去の自分を変えてあげたかった。だから、占い師のデタラメに賭けたんだ。

「よいか、若者よ。人生というのは、ぶっきらぼうに伸びる階段を上っていくことに等しい。真っ白な階段を、ただひたすら無心に上っていく行為、それが生きるということなんじゃ」
テーブルの上には、水晶やタロットカードなど、占い道具の類は一切置かれていない。まるで、世話好きな老人に人生相談を受けに来たみたいだ。
「ただ、その階段には、妙なカラクリがある……」
僕にだけ秘密を打ち明けるような口ぶりでそう囁いた老人は、ぎこちないウインクをしてみせた。
「その階段の構造は、球状になっとる」
言葉の意味が掴めず、僕は眉間に皺を寄せながら、首を傾げた。
「地球と同じように、球状をしておる。地球だって、前へ前へと歩んでみたところで、やがては同じ場所に戻ってくるじゃろ? それと同じ。人生という階段も、上り続けてみれば、やがては同じ場所に戻ってくる」
「同じ場所?」
「それだけじゃない。時空というのは、何もかもがパラレルに存在しておるため、少し先の未来の君も、遠い過去の君も、実は一本の階段の上を歩いているということになる」
過去の自分、未来の自分。何かを壊したくて、何かを守りたくて、今こうしてもがいている僕にとっては、心に突き刺さる魅惑の言葉が並ぶ。
「要するに、その階段をひたすら歩いて行けば、未来や過去の君に会えるということよ」
狭くて窮屈な占いの館が、SFの世界で描かれる、宇宙ステーションか何かに感じた。

見つけた!
あの頃の僕だ。あの時、僕は恋人に残酷な仕打ちをしてしまった。あの時、冷静になって、彼女のことを守ってあげられていたら、彼女をあんなにも傷つけずにいられたら、今ごろ僕らは、幸せな人生を歩めていたはずだ。それだけじゃない。こんな悲惨な人生を歩むこともなかったんだ。
今の僕はもういい。愚かな選択をしたことで、廃人のように生きる僕の姿を、あの頃の僕に見て欲しい。そして、大切にすべきものを手放さないよう、彼を、僕を、変えたい。
彼に追いつき、その肩に手を置いた。
「なあ、君」
彼はゆっくりと振り向いた。
「今、君は、とても間違った方向に進もうとしてる。あの男が君に吹き込んでくる言葉を信じるんじゃないぞ。絶対にだ!」
「おっさん、誰?」
若さゆえの尖った目が僕を睨みつけた。
「僕が誰かなんて、どうだっていい。そんなことより、僕が今言ったことを忘れるんじゃないぞ」
彼は眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
「俺の人生に口出してんじゃねえよ! おっさんには関係ないだろ?」
「関係があるんだ!」
「薄気味悪りぃ……」
彼はそう吐き捨てると、僕のアゴを思いっきり蹴り上げた。信じられないほどの衝撃が脳に走った。彼はバカだ。いや、僕はバカだ。人の忠告に耳を貸さず、このまま堕落していくんだ。救いようのないバカだよ。
自分の情けなさに歯を食いしばりながら、僕は階段を転げ落ちた。ひたすらに伸びた階段を、果てしなく転げ落ち続けた。どこまでも、どこまでも。

そこはある産婦人科の一室。
「無事、可愛い赤ちゃんが産まれましたよ! どうぞ、赤ちゃんの顔を見てあげて!」
女性は生まれたての赤ちゃんを丁寧に抱き上げた。
「あらっ?」
赤ちゃんの顔に違和感を覚えた女性は、その顔を覗きこんだ。
「この子、アゴにアザがあるわ」