革命のあと

槍の柄を握る手に力を込めてみる。ささくれ立った木の感触は、野蛮なものに触れたこともない僕の手に、未知なる痛みを与えた。
窓の外には男たちの叫び声が響き、昨日まで当たり前の日常が流れていた小狭いマンションの一室には、突き刺すような孤独感が充満している。

革命が起こった。
経済も文化も技術も、何もかもが発展し過ぎたこの世界の中で、人間は人間自らが作った柵に閉じ込められ、身動きが取れなくなっていた。強い者だけが勝ち残り、弱者は生きて行く術さえ奪われた社会の仕組みの中では、富を持つ者とそれを持たない者との格差があまりにも激しくなり、地の底を這う人間たちを、人間はもはや救えない状態になっていた。
そこに一人の革命家が現れた。
彼が主張したものは、人類を退化させ、再び原始時代の生き方に戻すというもの。地球の全ての生き物との共存を謳い、男は食うために獣を殺し、女は家を守るというシンプルな人間の姿。運や縁や才能、生まれ育った環境や先代が築いた財産といったアドバンテージの一切を排除し、生きるために生きるという選択を再び人類が取ることを主張した革命家の魂の叫びに対し、生きることに陰鬱さしか感じなくなっていた人類は賛同した。
革命に従わなかった政治家や既得権益者は迫害され、巨大な財産を持つ財閥や資本家たちは、その財産を手放すか迫害を受けるかの二択を迫られた。
生きることを拒まれた貧困層の人々は、この革命に最後の望みを託し、一致団結した。その勢力は歴史上、最も大きな力を生み出し、瞬く間に従来の仕組みは崩壊した。

人間のゴタゴタなど知る由もないペットのハムスターが、無心で回し車の上を走り続けている。今日からはペットじゃないよ。お前も立派な、人間が生きるための理由にされるんだ。これからは車輪の上じゃなく、お前も生きるために、何かを追い求めたり、何かから逃げたりしなくちゃいけない。人間は勝手なんだよ。自分たちが育てた命を、自分たちで喰っちゃうような化け物なんだよ。
「檻から出るかい?」
ハムスターに問いかけてみた。檻だと勝手に決めつけているのは、人間なんだよな。お前にとっちゃ、檻の中こそが自分の世界なんだよな。
ゲージに近寄った僕は、開閉式になっている金網の扉を開け放した。金属音に反応したハムスターは立ち止まる。惰性で車輪が揺れている。拍子抜けしたハムスターは一瞬だけこちらに目を向けると、瞬く間に興味を失い、再び回し車の上を走り出した。
人間が作り上げた仕組みによって、這い上がれない運命を科せられた人々は、その運命を自分の手で打ち砕ける喜びに歓喜し、長年に渡り封印されていた、可能性という言葉を再び信じられるようになった。革命のおかげで。
過去には自由や権利を掴み取るための革命が多く起こったが、この革命は違う。生きるということを掴み取る革命だ。便利さや豊かさを得るために金を払う世をぶち壊し、原始的な幸せをただ求められる世を善とした。そこに清々しささえ感じたことだろう。自分の力で自分の命を繋いで行く明快さ。自分の力で答えを導き出せる単純さ。空腹を自分の意志で満たすことのできる自由さ。どうやら人間は、革命によって、生きる自由を得られたみたいだ。動物に槍を突き立て、その肉を旨そうに頬張る人間の姿を想像してみた。自らが作った肥大化したルールの中で、もがき苦しむ姿よりは、正しい姿にも思えたが、ただ……。

「山に獣がいるぞ! 早く走れ早く!」
野太い叫び声が走り過ぎた。
生きるということは、どういうことなんだろう。この世に生まれるということは、どういうことなんだろう。限りある時間の中で、命は僕らに何をせよと命じるのだろうか。明日へ明日へとこの命をつなげて行くことの意味とはいったい何なのだろうか。
革命が起きても起きなくても、僕にとって生きることへの不安は変わらない。人間が作り出した仕組みが崩壊しようとも、この不安が消え去ることはない。
今日から僕は、生きていけるのだろうか。
覚悟と諦めが混濁した気持ちを押し殺すように、念じても動かない自分の脚を見つめながら、車椅子のハンドリムを力いっぱい握り締めた。