同業者

マジシャンの男が、慣れた手つきで、次々にカードを配る。酔いも手伝って、バーの雰囲気は、余計に謎めいて感じる。
隣に座る友人に誘われてやって来たのは、町の繁華街の中で、最も有名なマジックバー。
目の前で一流のマジックが見られるからと背中を押され、気乗りがしないまま友人について来たものの、その評判をはるかに超えるクオリティの高いマジックの連続に、さっきから呆気に取られっぱなしだ。友人の隣に座る二人の女性客たちも、ハイレベルなマジックに驚きの声を上げ続けている。
その隣に座っている中年の男性は、マジシャンの手元を食い入るように凝視している。
「思ってたよりも、すごいよ……」
友人の耳元で呟いた。
「だろ?」
 友人が得意げに親指を突き上げた。
「今だな。今のタイミングで、カードをすり替えたなあ。なるほどねぇ。よくできてる。雑談をしながら注意を逸らすわけだ」
寡黙にマジシャンの手元を伺っていた中年の男性が、いきなり口を開いた。
「はい?」
そのタネが合っているのかどうかは分からないが、マジシャンは冷静に聞き返した。
「いいでしょう。どうやらこのお客様には、見破られてしまったのかも知れない。ですので、次のマジックを」
そう言いながら、マジシャンは涼しい顔で、テーブルのカードをかき集めると、再び素早くシャッフルし始めた。丁寧に磨かれた爪が、照明の光を反射している。
マジシャンが次のマジックを始めようと、テーブルにカードを置いた瞬間だった。
「次のマジックは、あれだな、テーブルの裏にカードが準備されてるんだろう? カードの背面に、黒って書かれたカードが。その色は、お隣の女性のブラジャーの色だろ?」
中年の男性は、口元を吊り上げ、わざとらしく嫌味な表情を作ってみせた。
「すみません。同業者の方ですか……?」
マジシャンの顔色が変わった。
同業者が訪れ、場を掻き乱して行くなんてことが、日常茶飯事に行われているのだろうか。さっきまでは妖艶な雰囲気に包まれていた店内の空間が、一気に殺伐としたものに変わった。
「これを見てもらったら分かるかい?」
テーブルの上に茶封筒が放り投げられた。
女性客の二人は、目の前で起こっている出来事に、すっかり怯え切っている。
「どうしてこれを……?」
封筒から取り出されたのは、大きく引き伸ばされた写真だった。
写真の中には、マジシャンの男性と、若い女性がラブホテルから出てくる場面が映し出されている。
「た、探偵の方ですか……?」
冷静だった頃の表情が思い出せないくらいに、マジシャンの顔は引きつっている。
「探偵? 誰が?」
中年の男性は、両手を大きく広げ、欧米人を思わせるジェスチャーをしながら惚けた。
「次の写真も見てみな」
「次の写真……?」
マジシャンは中年の男性が顎で出した指示に促されるまま、封筒の中にある次の写真を取り出し、目を走らせた。
「お前は何者なんだ!」
手に取った写真を、中年男性に向かって放り投げた。
テーブルの上に落ちた写真の中には、マジシャンが濃紺のスーツに身を包んだ怪しげな男性から、アタッシュケースを受け取っている場面が映し出されていた。
「アンタのことは全て監視させてもらっているよ。女のことも、マフィアの一味だってことも、もちろん、マジックのタネも」
マジシャンは慌てて逃げ出そうとした。
「動くな!」
中年の男性は、内ポケットからピストルを取り出し、マジシャンに狙いを定めた。
「お前はいったい、何者なんだ……?」
両手を真上に突き上げたマジシャンが、震える声で聞いた。
「俺か? お前の同業者だよ」
「マ、マジシャンか……?」
「残念だな。お前の本業のほうだよ」
中年男性が言い終わるのと同時に、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。
ピストルで打ち抜かれたマジシャンの胸ポケットから、ジョーカーのカードが飛び出した。
「どうやら、ババを引いちまったみたいだな」