桃色の藁人形

あの人が美鈴と付き合うなんて許せない。

「おつかれさま」
「シホ、最近なんだか疲れてない? なんか悩みとかあるんだったら聞くよ?」
同僚の佐々木洋子が疲れ顔のシホを心配して言った。
「ううん。大丈夫だよ」
「隠してても分かるよ。最近のシホ、マジでなんだか様子がおかしいもん。よかったら、飲みにでも行く? パーッとストレス発散できるかもよ!」
佐々木洋子はジョッキで乾杯する仕草をしながら、陽気に微笑んだ。
「ほんと、大丈夫だから。これからちょっと用事もあるし……」
「そうなんだ。まぁ、無理に行くことないし。ほんと、何かあったら相談のるから、ちゃんと言ってね」
「ありがと……」
軽く手を振った後、二人は逆方向に歩き出した。駅に向かう佐々木洋子。駅とは逆の方向に向かうシホ。ふと後ろを振り返った佐々木洋子の目には、タクシーに乗り込むシホの姿が見えた。

「美鈴からあの人を奪ってやる……」
鬱蒼と草が生い茂る森の中、時間は深夜二時。そこには、タクシーを降りたシホの姿。ブツブツと怨念のような言葉を吐き出しながら、一歩一歩、森の奥へと草を踏みしめて行く。真夜中のベタッとした湿気がシホの全身にまとわり付き、額に汗を滲ませた。
「ここにしよう……」
薄暗い中でひときわ威圧感を放つ大木の前に立つと、シホはカバンの中からある物を取り出した。
それは西洋に古くから伝わる藁人形。藁が桃色に染まっているのが特徴で、この藁人形に五寸釘を突き刺せば、意中の人を振り向かせることができるという言い伝えがある。
「あの人は、私のものだ!」
シホは藁人形を取り出すと、すぐさまそれを大木に押さえつけ、五寸釘を突き立てると、金槌でそれを打ち抜いた。
ちょうど心臓の部分を打ち抜かれた桃色の藁人形は、五寸釘を支点にしたまま、ユラユラと左右に揺れた。
それを眺めるシホの口元には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。

「シホちゃん! 俺と付き合って欲しい」
え? 早速、藁人形の効果が?
「でも……。マサヒロさんって、美鈴と付き合ってるんじゃ……?」
「美鈴とは別れた」
マジで? 藁人形、最高じゃん! こんなことって、あるの?
仕事帰りに飲みに誘われて、まだ店にも到着していないのに、いきなりの告白。こんな幸せが巡ってくるなんて、ほんとに藁人形のおかげだ。胡散臭い西洋雑貨店で手に入れたものだったから、あんまり信用してなかったけど、こんなに効果があるんだ!
「ねぇ。俺と付き合ってくれる?」
マサヒロさんは、私を強く抱きしめた。死ぬほど望んだこの瞬間。太い腕の中で、心地良い締め付けを感じながら、「もちろん」と囁いた。
薄目を開けてマサヒロさんを見ると、その唇が私の耳元へと迫ってくるのが見えた。
「ありがと……」
ほんの少し、私を抱きしめる力が強くなった。マサヒロさんも幸せを感じてくれているんだろう。このまま腕の中で、溶けて死んでしまいたいくらいだ。
私の耳のそばにあったマサヒロさんの唇が離れたかと思うと、次は私の唇へと勢い良く迫ってきた。
キスだ……。
私は眉間に力を込めて、瞳を強く閉じた。
マサヒロさんの唇の温度を受け入れようと、心を委ねた瞬間だった。
「やっぱり違う。運命の人は、別の人だ。君じゃない」
耳を疑う言葉が耳の中に突き刺さった。
私を抱きしめる腕をほどき、そそくさと私の前から立ち去ってしまった。
「なんでよ!」
叫ぶ声は、もう彼には届かなかった。

「なんだべ、この藁人形は? 奇妙な色してさぁ? 五寸釘まで突き刺さって、尚のこと奇妙だべ?」
キコリは藁人形を気味悪がりながらも、好奇心を抑えきれず、持っていた木槌で五寸釘を思いっきり打ち付けた。