大エンターテインメント

彼の少し痩せた指が、一通の白い書類を摘み上げた。
「クソッ……」
封筒の中から取り出した書類に書かれた文字を見て、彼は瞬く間に顔色を失った。

ベランダから西の空を見上げる。
彼が乗せられたロケットが発射される。
地球の規模ではこの肥大化した人口を抱え切れなくなったため、政府が考案したのが、大きさや平均密度が地球と似た金星に人々を移民させるという計画。それも、強制的に。一部の人間だけ……。
頬を流れる涙が、ベランダから地面に落ち続けた。彼が乗せられたロケットは、轟音と爆風を放ちながら、広い空の中に、埋もれるようにして飛び去った。

彼がいなくなった日々に、不穏なインターフォンが響いた。
「やぁ、久しぶり」
ドアの前に立っていたのは、私が昔付き合っていた、神崎という男だった。
「ちょっと、あがっていい?」
言い終わらない間に、神崎は玄関に足を踏み入れ、私の部屋に入ってきた。
「何? 急に……」
「ゴメン。驚かせちゃったね。実は、君に伝えたいことがあって」
今さらこの男から聞きたいことなんてない。
「先日、金星にロケットが発射されたよね。それは知ってる?」
「もちろん……」
「君の彼氏が乗せられてたことは?」
「知ってるに決まってるでしょ……」
「ゴメンゴメン。別に君の傷をエグりに来たわけじゃないんだ。もっともっと大きな事実を知ってもらおうかと思って」
「大きな……?」
「実はあの移民計画、本来の目的は移民じゃないんだよ。実は、無駄に増えちゃった地球の人口を削減するために、余分な人たちを金星に飛ばしちゃったってこと」
「何を言ってるの?」
「あまり深く考えなくてもいいや。さぁ、ベランダから金星の方角を見ててごらん。面白いものが見られるから」
神崎に促されるまま、ベランダに出て空を見上げた。するとその瞬間、彼が乗せられて飛び去った方角の空に、信じられないくらい大きな爆発が起こった。
「爆発したでしょ? 金星」
言葉を失っている私に向かって、神崎は淡々と言葉を続けた。
「要はこういうこと。人口削減のために、余分な人たちを金星に飛ばしておいて、最終的には、金星を爆発させる。見事、地球の人口は最適な数を保てる。金星にそのまま移民されちゃったら、地球に住む僕たちの税金の負担が、膨らんじゃうからね」
薄汚れた笑みを見せる神崎。
「そして、もうひとつサプライズ。この金星爆破計画を立てたのが、この僕。神崎なのさ。地球の人口最適化の目的がひとつと、もうひとつの目的は、君と恋人を引き裂くため。さぁ、僕ともう一度、付き合わないか?」

泣き崩れる私を見て、神崎はモジモジしている。
「まぁ、僕の役目はここまでのようだから、そろそろ退散するよ」
言葉の意味が分からず、神崎のほうを見上げると、「また、よかったら飲みにでも行こうよ!」と小さく会釈しながら、足早に私の部屋から出て行った。
どういうこと……?
混乱し過ぎて、何が起こっているのか理解できない。
その時、ベランダの外から、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ベランダに出ると、空からパラシュートを着けた男が、こっちに向かって降って来るのが見えた。
信じられない。それは私の恋人だった。
うまくバランスを取り、ベランダから部屋に滑り込んだ彼は、息を切らしながら、嬉しそうに、「ただいま」と笑った。
「何が起こってるのよ! 説明してよ!」
気が動転している私は、彼の腕を思いっきり叩きながら、恨む気持ちで感情をぶつけた。
「それが……」
照れくさそうに説明を始める彼。
「恋人にサプライズをプレゼントできる大エンターテインメントのチケットが、商店街の抽選で当たって……。なんだか面白そうだったから申し込んだんだけど、ちょっとスケールが大き過ぎたみたいだね……」