書き換えられた未来

「この部屋の中に踏み入ることは、オススメしません」
扉の前には、ひとりの女性。細身のスーツを着こなしたその女性は、俺にそう助言した。
「ようやくここまで辿り着いたんだ。宝を目の前にして、手ぶらで帰るわけにはいかないだろ……」
多くの難関を乗り越えて、ようやく俺はこの部屋に辿り着いた。宝が眠っているとされる、この部屋に。

全てをひとり占めにすることのできる偉大な宝の地図は、ある日、匿名のメールとして、俺のパソコンに送られてきた。
どうせ胡散臭い迷惑メールだろうと、消去しようとしたものの、仮にそれが迷惑メールだったとしても、この味気ない日々を少しでも乱せるものならと、そこに記された住所を探し出し、薄汚れたビルの中に飛び込んだ。
宝を守るたくさんの罠や仕掛けに襲われ、危険な目に遭いながらも、ようやくここに辿り着くことができた。宝が眠る部屋の前に。

「どけっ!」
俺は女の制止を振り払いながら、重々しい扉を開き、部屋の中に足を踏み入れた。
間接照明だけが灯る薄暗い部屋。表の重々しい扉の印象からは拍子抜けするほどに、こじんまりとした空間がそこには広がっていた。
中央の台座の上には、ぽつんと寂しく置かれた、古ぼけた一冊の本。
これが宝?
小走りに駆け寄り、その本を手に取った。
本の中身がくり抜かれて、金の延べ棒でも埋め込まれているのか?それとも、金銀財宝の在りかでも記されているのか?
パラパラとページをめくってみると、どうやらそれは、何かの台本のようだった。
「あなたの人生の台本です」
背後から、女の声が聞こえた。
「人生の台本?」
「あなたの一生が記された台本です。人はみんな、台本に従って、ただ生かされているだけなのです」
謎めいた言葉に妙な好奇心を掻き立てられ、自分の人生の結末が知りたくなった俺は、台本の最後のページをめくった。
「三十五歳から先がない……」
三十五歳?どういうことだ?余命があと一年しか残されていないじゃないか。俺の人生はあと一年で終わるってことなのか?
「その台本は、一行だけ、自分自身の手で書き換えることができます。その一行が余命に影響しているならば、書き換えたことで、未来が好転することもあるでしょう」
淡々と伝えてくる女の声色に、少々苛立ちを覚えたが、今はそれに賭けるしかない。
自分の未来を変えないと……。
必死で俺の生きてきた轍を辿りながら、書き換えるべき一行を血眼になって探した。
どれくらいの時間が経っただろうか。俺は、直接死の原因になりそうな、ある一行を、精一杯の希望を込めて、書き換えた。
「どうだ……?」上ずった声が漏れた。
目の前の本は、何かを理解したように小刻みに震え始めると、俺の結末が書かれたページから、どんどんと文字が足され始めた。
「余命を伸ばすことに成功したようね」
「よかった……」
俺は安堵の気持ちで、書き足される文字を眺めた。俺の一生を俺が守った。俺はまだまだ生きていける。
安堵の気持ちとともに、俺はある不安を覚えた。
「おい! これって、どこまで文字が足されるんだ? とめどなくページが増えてるぞ? どういうことだ?」
「この部屋には宝が眠ってるって、あなた知ってるんでしょう? それがただの本なわけないじゃない」
振り返ると、女の不適な笑みが見えた。
「不老不死を手に入れたのよ、あなた」
「不老不死?」
俺は再び本に目をやると、最終的には、同じフレーズが連続して連なり続けていることに気づいた。
『ぼんやりと立ち尽くしている』
『ぼんやりと立ち尽くしている』
『ぼんやりと立ち尽くしている』
そのフレーズは、やむことのない雨のように、どこまでも追加されていく。
「これって……?」
「そうよ。人類が滅びた後も、不老不死を手に入れたあなた、ただ一人が地球の中で生き延びるのよ」
俺はそれを想像し、発狂しそうになった。
「全てをひとり占めできる宝ですもの」