無残な盗聴器

コンセントカバーの中。こんなところに仕掛けられているなんて思わないだろう。盗聴器。これで、池村早苗の日常を盗聴できる。
俺は侵入の痕跡を慎重に消し去り、彼女の部屋を後にした。

ドアが閉まる音が聴こえてきた。
高性能な盗聴器から受信されてくる音声は、とても鮮明で、スリッパがフローリングを擦る音や、微かな鼻息まで伝わってくる。手に取るように、彼女の日常を盗める。
興奮が俺の唇を歪に吊り上げた。

「あのさぁ…」
池村早苗の声が聴こえてきた。友だちと電話でもしているのだろうか。
「なんか気味悪いんだよね……」
艶のある色っぽい声。思わず欲情した。
「なんか、私の部屋に盗聴器が仕掛けられてるっぽくてさぁ……」
え? 盗聴器? バレたのか?そんなはずはない。クローゼットの陰に隠れたコンセントに仕掛けたし、痕跡も消したはず。バレるはずがない……。
「こういう陰険なことする男には、報復してやろうと思ってさぁ。それでね、そいつの家に、逆に盗聴器を送りつけてやろうって。面白いでしょ!」
企みにはしゃぐ池村早苗の声が弾む。逆に盗聴器を送りつける?
その時、インターホンが鳴った。
「宅急便でーす」
用心深く玄関を開けると、そこには、小さな紙包みを持った配送員が立っていた。
手短に受け取りの手続きを済ませると、俺はそれを抱え、急いで部屋に戻った。
紙包みを強引に破り取ると、中には、小さな赤いペンが入っていた。
「ペン型の盗聴器、送ってやったんだ!」
池村早苗の声が聴こえてきた。俺の様子を観察しているような不気味な会話。
恐ろしくなった俺は、手にしたペン型の盗聴器を分解してやろうと、力を込めた。
ペンのボディをへし折ると、中から超小型の盗聴器が姿を現した。
「きっとそいつはさぁ、盗聴器、分解すると思うから、分解したら三分で爆発する仕掛けもしてあるんだよねぇ。用意周到でしょ?」
爆発? 池村早苗の声に恐怖心を煽られながら、俺はバラバラになった盗聴器を手にうろたえた。
爆発。爆発。爆発。どうにかしなきゃ……。
裸足のまま玄関から飛び出した俺は、マンションの前に流れるドブ川に向かって、バラバラになったペンと盗聴器を投げ捨てた。
安堵の気持ちで部屋に戻った俺に向かって、池村早苗の声が、弄ぶように突き刺さった。
「まぁ、爆弾なんて嘘なんだけどさぁ。きっとそいつ、焦って外にでも捨てに行くと思うんだよね、バカみたいに」
俺は思わずスピーカーを睨んだ。
「そいつが盗聴器を捨てに出てる間に、部屋のある場所に、今度は本物の爆弾を仕掛けておいたから」
非情に笑う池村早苗の顔が浮かんだ。俺は部屋の中を片っ端からひっくり返し、爆弾を探した。テーブルも、本棚も、テレビも、冷蔵庫も。何もかもをなぎ倒し、爆弾を探した。
爆弾なんて、ないじゃないか……。
「それも嘘なんだけどね!今ごろ、バカみたいに部屋中めちゃめちゃにしてんじゃない?そろそろ、あっちに向かおうかな」
またしても嘘? あっち? 向かう? どこに? 誰が?
しばらくして、インターホンが鳴った。
混乱で身動きひとつ取れない。
鍵を閉め忘れたドアが静かに開き、誰かが入ってきた。
池村早苗。俺の部屋に入ってきたのは、池村早苗だった。
家具の陰に身を潜める俺のそばに近寄ると、
「男が陰険なことするんじゃないわよ。気持ちがあるなら、ハッキリ言いなさい」
池村早苗は諭すような表情で俺にそう言った。開きっぱなしのドアから差し込む風が、池村早苗の香水の香りを室内に漂わせた。
「あ、あの……。あなたが好きです……。俺と付き合ってくれませんか……」
乾ききった喉は、思った以上に情けない声を発し、部屋の静けさがそれを飲み込んだ。

池村早苗は何も言わず部屋から出て行った。
うな垂れたままの沈黙が続く。
スピーカーから再び音が聴こえた。スリッパがフローリングを擦る音。そして、盗聴器は、池村早苗の声を無情の高音質で伝えた。
「ごめんなさい」