理想の共存世界

その見慣れない生物は、長く厳粛な廊下を歩き、突き当たりの荘重な扉の中へと入った。
「これからは、あなたがた人間を、支配させていただきたい」
国家の元首は、その生物と対峙しながら、足の震えを抑えるのに必死だった。
「あ、あたなは?」
「生物の進化は、何も人間だけのものではない。あなたがたが猿から進化して人間になったように、わたしたちも、こうやって進化を遂げたわけです」
その生物は、不適な笑みを浮かべながら、威厳ある深い声で答えた。
元首の表情が、驚きと困惑で青ざめた。
「そんなに驚かれるということは、自分たちだけが特別な存在だとでも勘違いしていらっしゃったご様子ですね?」
元首が唾を飲み込む音が、乾いた室内に響いた。
「所詮、あなたがたは、猿から進化した生物。今の我々は、ライオンや虎、象や熊など、さまざまな動物が進化し、今こうして、あなたがたと交渉をしているわけです。我々の力のほうが、あなたがたよりも、はるかに上回っていることなど、その素晴らしき知力と想像力を持ってすれば、容易に察しがつくでしょう。我々の言った支配という意味、理解していただけますね?」

「おい、スポーツとかいうもんをやってる雄の人間は、筋肉が発達してて、えらい旨いぞ、食ったことあるか、お前」
虎が進化したと思われる生物が、豹の面影を残す生物に話しかけた。
「食った食った!あれは旨いねぇ」
「雌はあんまり旨くねぇなあ。肉があんまりついてないから、食える部分が少なくて」
「雌でも極上の肉付きのやつが食える店、知ってるぜ!」
「ほんとか?今度、連れて行けよ!」
「いいぜ」
進化した生物の代表者が、高い塔の上にひとり佇み、広い世界を一望している。
その目には、快適に生きる進化した生物たちの姿と、路上や草むらで、乞うように息づく人間たちの姿が映っている。
「これが、本来の共存の姿だ……」
その光景を眺めながら、小さく呟いた。
「人間たちは、動物や自然と共存しているなどとキレイごとを言い続けてきたが、その実態は、とても共存なんて美しいものではなかった。この光景こそが、真の共存なのだ」
陽が傾く地球の様子を眺め終えると、大きく開かれた窓をそっと閉じた。

進化した生物の代表者が、ある場所へと向かうため、街の中を歩いて行く。
左右を見渡すと、無数の小さな小箱に、息苦しく閉じ込められた人間たち。賑わうペットショップの前には、大勢の進化した生物たちが群がっている。
連なる店先には、人間の皮を使って仕上げられた洋服が飾られ、食料品店には、人間の肉や皮が売られている。
もちろんその中には、これまでと変わらず、他の動物たちのものも混ざっている。牛や豚や鳥や魚。その中のひとつに、人間が加わっただけ。ただそれだけの変化。
「その変化こそが、共存に必要だったのだ」
街の様子を見ながら、生物の代表者は、感慨深い声で呟いた。

威厳ある廊下を歩く、勇猛な後ろ姿。
その姿は、あの日と同じように、突き当たりの扉の中へと入っていった。
「ご無沙汰です」
生物の代表者は、静かに会釈した。
「これはこれは、どうかなされましたか……」怯える元首。
「今日は、最後のお願いにやって来ました」
そう言うと、顔つきを厳しく固めた。
「最後……?」
「ええ。我々の理想とする世界に、ようやく近づいた。もう多くは望みません」
「なるほど……。それで、最後のお願いとは、いったい何でしょうか……?」
首をすくめ、縮こまる元首。
「そう身構えることはありません。我々としても、遥か昔から、バカらしいことだと感じていたことを、やめていただこうと」
「バカらしいこと……?」
「そうです。あなたがたは今や、我々の食料でもあるのです。だから、人間同士で殺し合いをして、我々の食料を減らされるのは、実に迷惑なのだ」
「と、申しますと……?」
「今すぐ戦争をやめなさい」