夏の夜、ピストルを強奪せよ

「じゃあ、俺たちが、おっさんの気を逸らせてる間に、お前がピストルを奪えよ!絶対に、うまくやれよなっ!」
順平が俺に言った。
「わかってる……」
空き地に積まれた大きな土管の中、とめどなく流れる汗に気にもせず、延々と作戦会議を続けている。
「何時からだったっけ、始まるの?」
右目の下に絆創膏を貼った卓が、時計を着けてもいない右手首を見る素振りをした。
「八時だ」
卓以外の全員が、声を揃えて叫んだ。
湿気のせいか、酸素が薄い。土管の中は、夏のクソ暑い気温と、俺たちの熱気で、まるでサウナみたいに熱しきっている。
「あいつ、来るかな……?」
俺が自分の心配を声に出すと、
「来るよ。俺、間違いなく耳にしたから」
間髪入れずに、順平が答えた。
「もう一度、計画をおさらいしよう」
順平が広げたのは、鉛筆で下手くそに手書きされた見取り図。
「ここが入り口。通路はここから延びてる。入り口付近は人がごった返してるから、全員で固まって突入するのは難しい。だから、バラバラになって行こう」
全員が順平の説明に聞き入っている。
「途中に松の木があるだろ?その手前に、俺たちの目指す店がある。俺と卓と正人と章吉は、店のこっち側に集まる。そして、おっさんの注意をこっちに集める。そして、主役の登場だ!」
俺の肩にポンッと手が乗せられた。
「その隙にお前は店の反対側に走り込み、迷わず、ピストルを強奪しろ。わかったか?」
「うん……」
「自信、ないのか?」
「そんなことないよ……」
「ピストルはおそらく、こちら側に置いてある。だから、お前はそれを奪ったら、全力で逃げて、あいつを探すんだ」
「もし、探せなかったら?」
「もしなんて考えなくていい。そんなに広いわけじゃない。絶対にあいつは見つかる」
どうしてそんなことが言い切れるんだって反論したくなったけれど、口には出さずに、おとなしく首を縦に振った。
「よし、じゃあ、八時に入り口で」

夏の陽が落ちると、どうしてこんなにも寂しさが込み上げてくるんだろう。地球が元気を失ったような気がして。
でも、夏の陽が落ちた後も、こうして外を歩いていると、はみ出し者になった気分で、胸がワクワクする。
通い慣れて飽きた道も、今夜は違って見える。心臓はバクバクと音をたてている。足取りは重い。何かに背中を押されるように、何かに前から引っ張られるように歩を進める。
しばらくすると、灯りが見えた。あちこちで、煌々と照る灯り。
入り口に立つ。周りを見渡すと、昼下がりに、空き地に集まっていたみんなの姿が見えた。時間は、八時だ。いよいよ、始まる。
その瞬間、抜け駆けるように順平が走り出し、他の奴らが後を追って走り出した。
計画通りに動かなきゃという義務感に押され、俺の身体は不自然に動き出した。
人ごみを掻き分け、向こうにそびえ立つ松の木を、一心不乱に目指した。あいつらが、おっさんの前で、奇妙な動きをしているのが見える。
俺は店の前に辿り着くと、あいつらには目もくれずに、台の上のピストルを探した。
「あった!」
俺はピストルを掴むと、戦友を残し去る兵士のように、振り返ることなく走り出した。
俺は今、右手にピストルを持っている。
走る。走る。走る。
あいつの姿を探し、俺は境内の中を走った。
似たような浴衣を着た奴らが多すぎて、あいつを見つけられる自信を失いかけた瞬間、りんご飴の屋台の前に立つ、あいつの後ろ姿を見つけた。見慣れた後ろ姿。髪型。リボン。間違いない。
「おい!」
俺は叫びながら、あいつの背中に見えるピンク色の帯を目がけて、射的の鉄砲の引き金を、力いっぱい引いた。
飛び出すコルク。それは見事、命中した。
あいつが、こっちを振り返った。
「亜由美!俺はお前のことが好きだ!俺と、付き合ってくれ!」
その時、打ち上げ花火の音が鳴り響き、祭りに訪れた全員が、だだっ広い空を一斉に見上げた。