つきまとう影

『今日もあなたのこと、ずっと見てました』
そう書かれた不気味な手紙が手元に届いてから、もう二週間近くが経つ。
夜、いつもの場所に向かう俺は、手紙の差出人の視線がどこかにあるかも知れないと、普段よりも辺りを警戒しながら歩いた。
駅前にひっそりと佇むコンビニの駐車場の陰にしばらく身を潜めた後、薄暗い住宅地を、いつもの場所へと向かう。
見上げるマンションの五階、西側の角部屋の窓。明かりが灯る。俺はすぐさま彼女に電話をかけた。
「今日もいつも通りの時間に帰ったんだね」
疲れを癒してあげられるよう温もりを込めた声でそう伝えると、電話は一方的に切られた。
物思いに耽りながら、しばらくマンションの明かりを見つめ、俺は家路についた。

朝の雑踏の中を、駅に向かう人たちとは、真逆に歩く。誰もがくたびれたように視線を足元に落とし、肩を丸めている。次々と押し寄せてくる人の波を縫うように、歩く。
いつもの場所へ辿り着くと、俺は目的の物を探し始めた。夕べの光景を頭に思い浮かべながら袋の中を漁る。そして、それはすぐに見つかった。
カバンの中に押し込めると、代わりにスマートフォンを取り出し、彼女に電話をかけた。
「おはよう」
ただ、それだけを彼女に伝えるために。

『今日のお弁当は美味しそうですね?』
女の文字でそう書かれた手紙がポストに投げ込まれていた。それは正規に投函されたものではなく、量販店などでよく見かけるメモ用紙に手書きされたものが、直接このポストに入れられたらしい。切手も貼られていなければ、消印もない。
――いったい、どこの誰だ?
ポストから取り出したメモ用紙を手の中で握り潰し、足元のゴミ箱へと放り投げた。
部屋に戻ると、カバンから弁当とペットボトルを取り出し、慣れた手つきでテーブルの上に並べる。
一息つこうと、テレビのリモコンに指をかけた瞬間、ズボンのポケットの中でスマートフォンが震えた。
――知らない番号だ……。
嫌な予感にためらいはしたが、通話ボタンを押し、ゆっくりと耳に押し当ててみる。すると、受話口から女の声が漏れてきた。
『朝の電話の声、いつも素敵ですね!私にも、おはようって、言ってくださいよぉ』
妙に甘えた口調で話すその声と、俺の行動を盗み見ているような薄気味悪い内容に、思わず通話終了のボタンを押した。
しばらく呆然としたまま、何も映らないテレビの真っ黒な画面を見続けた。

――俺はストーカーに狙われている。
ここ数週間の身に起こった奇行を思えば、それは間違いない。
ただ俺は、立場的に、警察にそれを通報することができない。こんなにも薄気味の悪いことが続くと、平穏な気分ではいられないが、自分の手で何とかするしかない。
駅前のコンビニを後にし、電柱の明かりに照らされた道を、自分に降りかかった奇行の数々を思い起こしながら歩いた。
いつも通りの場所に辿り着く。マンションの窓には明かり。ポケットからスマートフォンを取り出し、彼女に電話をかけようとするが、思いとどまった。
――あいつは、どこで俺を見てるんだ?
辺りを見渡すと、身を隠す場所は意外に多く、どこかにその目が潜んでいるんだと思うと、背筋が冷たくなった。
と、その時、肩に何かが触れた。
「ストーカーの容疑がかかっています。署までご同行願います」

「俺もストーカーの被害者なんです!」
「苦しい言い訳は、やめろ!」
「ストーカーのことをストーカーする、薄気味悪い女に、つきまとわれてるんです!」
呆れた顔の警官たちは、両サイドから脇を掴むと、強引に俺の身体を持ち上げた。
「ほんとなんですよ!ちゃんと調べてください!俺も狙われてたんです!」
もがく俺を、格子状の留置場が迎え入れた。

「おい!起きろ!」
野太い男の声に目を覚ますと、俺は警官から一枚の手紙を受け取った。
『おはようございます。昨日はなんだか寝苦しそうでしたよ。やっぱり自宅じゃないと、安眠できませんよねぇ』