新しい思い出の一日

「全部で四枚のDVDになりましたよ」
「ありがとうございます」
私は店員さんから紙袋を受け取り、温めるような素振りで、ギュッと胸に抱いた。

彼がこの世界からいなくなってから、もう十年になる。結婚して五年目のある日、彼は突然、この世から去ってしまった。不慮の事故なんて、ニュースや新聞でしか触れることのないものだと思っていたのに、それがまさか、自分の身に起こるなんて。

部屋の模様替えをしようと、クローゼットを整理していた時、懐かしいものを見つけた。それは彼が生きていた頃に撮り溜めていた、家庭用の8ミリビデオのテープ。
――彼が生きてた頃は、結局、一緒に観なかったなぁ、これ――
何としても観てみたいという衝動に駆られ、テープをダビングスタジオに持ち込み、DVDのデータに変換してもらった。
あれこれと用事を済ませ寝支度を整えると、紙袋から取り出したDVDをデッキにセットした。画面の中には、無邪気にはしゃぐ彼と、まだ若い私の姿。そしてスピーカーから聴こえてくるのは、少し幼い二人の笑い声。
まだ再生して数分も経っていないのに、涙がたくさん溢れてしまって、視界はユラユラと、水の中で目を開けているかのよう。
彼に貰ったものはたくさんあるのに、彼に返してあげられたものは、何もない。どうして彼は、この世界から消えてしまったの?どうして彼が消えなければいけなかったの?

模様替えが生んだ不慣れな居心地のリビングで、ひとり画面を見つめていると、ふと映像の中に気になる部分があることに気づき、そのシーンに巻き戻っては、何度もそれを確かめてみた。それは、夏にビーチに遊びに行ったときのワンシーン。
――砂浜に日付みたいなのが書かれてる――
画面に近づいてよく見てみると、彼の立つ砂浜のその足元に、ある日付が書かれていた。
――二○一×年三月八日?――
画面の日付を確かめた後、テーブルに置いたままになっているカレンダーに目を落とした。
――今日だ!なんで、今日の日付が?――
明らかに劣化し良い意味で味わいを増した過去の映像の中から現実が浮き出してきたようで、面食らってしまった。
そんなはずはない。あの日、あの海に行ったのは、十三年近く前のこと。それなのになぜ、彼は砂浜にそんな未来の日付を書いていたのだろうか?
生前から何かとサプライズをするのが好きだった彼だから、もしかしたら未来のこの日に特別なサプライズでも用意しようとしていたのか、一緒に二人でこの映像を観たときに楽しむためだったのか、それとも彼は、私を残して先に逝ってしまうことをこの時から知っていたのだろうか?
時計を見てみると、今日が終わってしまうまで、あと三十分くらい残されていた。彼が記した今日という日に何か起こるのだろうか?
気を落ち着かせることができないまま、残された時間、流れる映像をただ目で追いながら過ごした。
やがて、時計の長針が十二の文字を通過した。
――そりゃそうだよね、何も起こんないよね。起こるわけないよね――
結局、彼があの日砂浜に記した、今日という日には、何も起こらなかった。
その後、残りの三枚のDVDを立て続けに観てみると、いろんなシーンの中に、彼が記した未来の日付を発見することができた。そのどれもがこれから先に待っていることになる。
彼が死んでしまってからというもの、私の心の視線はいつでも過去に向かっていた。私の未来には、もう何も用意されているものなどないと諦めていた。でもこうして、彼は私にサプライズを用意してくれていた。
――いなくなってからでもサプライズを用意してくれてるなんて、やっぱり私の見る目は間違ってなかったなぁ――
DVDのケースの角を指で愛おしく擦りながら、誰にも知られることのない微笑みを、小さく浮かべてみた。
まだまだいろんなシーンに日付が隠されているかも知れないし、生きていればこれから先、その日は必ずやって来る。もしかしたら、そのどこかの一日には、彼からの本当のサプライズが用意されているかも知れないし。
――ありがとう――
心で呟いた。
これで私は彼を感じながら未来に想いを馳せることができる。彼との新しい思い出の一日が、またひとつ一つと、増えていきそうだ。