まるで永遠かのような時間

小さく揺れる、帰りの電車の中。
「なんだろうね、この感じ。今日のデート、すっごく長い時間に感じたなあ。時間を気にせずに、のんびり過ごせたからかなあ?」
隣でマキは、今にもこぼれ出しそうな笑みを、目元に浮かべ、見上げながら僕に笑いかけた。
「ほんとだね。こんな風にゆっくり時間が流れてくれる日って、たまにあるよね」
「こんな感じが永遠に続けばいいのになあ」

ほんの数時間を楽しく過ごしただけなのに、その時間が終わることのないように長く感じられるときがある。遥か水平線をボーッと眺めながら、行き交う船を視界の中で泳がせるように、ひたすらに長く長く愛おしい。
そんな時間は、意図して過ごせるものではない。その時の気分や感情、景色や状況、そんなものたちが偶然その果てなく続く時間を織りなしてくれるのだろう。だから、望んでみても叶いっこないのはわかってる。だけど僕は、その時間を望む。明日の一日。明日の一日だけは、まるで永遠かのように、長い長い一日であることを心の底から願う。
マキの余命は、明日で尽き果てる。

「とうとう、この日が来ちゃったね…」
目覚めた僕は、隣で寝ぼけ眼をゴシゴシとこすっているマキに小さく呟いた。
「そうだね。思ってたよりも、早かったね、この日が来るの…」
当の本人だからなのだろうか、僕が想像していたような悲痛な印象はマキからは受けない。むしろ、どこか清々しい表情さえ伺える。
「のんびり、お外、散歩しよっか!」
早々に出かける準備を済ませると、薄っすら白く霞む、寝起きの怠惰な街へと出かけた。
人は朝を何度も何度も迎える。当たり前のように目覚め、朝の訪れを意識することもなく、慌しくやり過ごす。でも、ほんとはどの朝も特別なんだ。今日はそう思えた。感じ方ひとつで朝の空気もこんなに変わるもんなんだ。
僕たちはずいぶん前からこの日のことを話し合い、マキの最後の一日を、とにかくいつも通り過ごすことに決めていた。
朝目覚めて、歩き慣れた街を散歩し、静かな喫茶店でモーニングを済ませると、その後は電車を乗り継ぎ、二人の好きな街、行ってみたかった街を訪れ、雑誌で見つけた有名店でランチを食べ、尽きない話題で笑い合った。
夜には行きつけの居酒屋のカウンターに座り、少しだけお酒を飲みながら、お腹いっぱい食事をした。普段と何も変わらない一日を、ただひたすらに、のんびりと過ごした。時間に縛られることなく。

「ただいま」
マキのただいまを、もう二度と聞くことはない。そう思うと、一気に寂しさが込み上げた。
「遊びすぎて疲れちゃったね!お風呂に入って、オヤスミしようかな?」
ひとりごとのように呟くと、マキは素早く入浴の準備をし、浴室の方へと歩いていった。
永遠を願った時間が終わってしまいます。やっぱり永遠なんてなかったけれど、でも、今日は願っていた通り、とても長い一日をマキと過ごすことができました。ありがとう。
誰に対してかは分からないけれど、僕は込み上げる感謝の気持ちを言葉にした。と同時に、涙がとめどなく溢れてきた。

「じゃあ、おやすみなさい。今まで楽しい時間をたくさんありがとうね。一緒に過ごせて、ほんとに幸せでした。おやすみなさい!また、来世でも、よろしくねっ」
そんな冗談めいたセリフを呟いたマキは、結局、最後まで僕に涙を見せることはなかった。
このまま眠りに落ちてしまえば、もうマキは目覚めない。二度とおはようを言い合うこともない。でも、最後の一日は、残された時間を意識して窮屈になるのは避けたかったから、僕は寝落ちしていくマキを揺り起こすことなく、寝息をたてるマキの息遣いを、無心になって、ゆっくりと心に染みこませた。
「僕の方こそ幸せでした。永遠には続かなかったけど、今日一日とても楽しく過ごせてよかった。今までありがとう、マキ」耳元で囁き、僕はマキのおでこに、小さくキスをした。

昨日とはまるで違う今日がやってきた。目覚める僕。隣には、寝息が途絶えたマキがいる。
空洞の気持ちのまま、ふとマキの顔を覗いてみる。そこには、夕べの笑顔がそのままに。その表情は、なんだかとても幸せそうだ。
この笑顔はきっと、どこまでも永遠に続くのだろう。そうか、永遠だったんだ。僕らが望んだように、永遠はちゃんと叶ったんだ。
それでもやっぱり悲しくて、僕の目からは、抑えきれない涙が溢れ出した。