未来天秤

薄暗く入り組んだ商店街の一角に、その占いの店はあった。知美は友人からの勧めで、その店を訪れてみることにした。
電車の路線を二本乗り継ぎ、降りた駅からはバスに乗り込む。辿りついた商店街は、昔の闇市の風情が残った、昭和の面影を残す古ぼけた店が連なる。
夜の九時にもなると、店舗のシャッターのほとんどは閉まっており、月明かりさえも差し込まない商店街の中を、知美はあたりをキョロキョロしながら、不安げに歩いた。

「あ、あの店かも」

商店街とはひどく不釣合いな佇まいをした占いの店。何の看板も出ていないが、ベルベットの色をまとう小屋の不穏さと、中から漏れ出るろうそくの灯りが、それを占いの店として告げていた。

「ようこそ、いらっしゃいまし」

小屋の中に入ると、小さな机の向こう側に、まるで童話に登場する、お姫様に毒リンゴを食べさせる魔法使いのような老女が座っている。そして、机のこちら側には、朽ちかけた椅子が一脚。

「あ、あの、はじめまして」
緊張する知美に、老女は唐突に尋ねた。

「本日は、どのようなご相談で、お越しくださいましたかね?」
「これからの未来に、幸せなことが待っているかどうかを知りたくて」
「おやおや、お若いのに、未来を知りたいだなんて、少々生き急いでおられる」
「これから先、とても幸せになんて、なれないような気がして…」
「まぁまぁ、そう答えを急ぎなさんな。お望みどおり、ちゃんと占ってあげますとも」

老女はしゃがれ声でそう言うと、小さな天秤ばかりと二つの水晶玉を取り出した。

「この天秤に水晶玉を乗せてごらんなさい。右の皿が沈めば、過去よりも未来のほうが幸せになれるってことさ。もし、左が沈めば、あんたはこの先、過去の自分よりも幸せになれないってこと。つまりは、過去の幸せのほうが大きいってことになる。おわかり?」
その変わった占い方式に、知美は戸惑ったが、何だかシンプルな気もして納得してしまった。
「じゃあ、水晶玉、乗せるわね」
「どうぞ、どうぞ」
天秤ばかりは少しの躊躇もなく、左の皿を、コトンと沈ませた。
「そ、そんな」
「残念だね。あんたには、これから先、幸せなことなんて、待っていないようだね」
知美は自分の人生を考えるとき、あらゆる理由から、自分の幸せな未来絵図を想像できないでいた。蒼白な表情の知美に老女が伝えた。
「未来を変える手段がひとつだけある。聞きたいかい?」
「ええ!」知美は表情をパッと輝かせた。
「今、左の皿に乗っている水晶玉を、ひと思いに割ってしまえば、あんたの未来は幸せになる。簡単なことだよ」
知美は、老女が話し終わるのを待たずに、左の水晶を掴もうとした。
「ただし、いいかい?あんたは過去を砕くことになるんだよ。だから、未来の幸せと引き換えに、あんたの過去の記憶は、全て消えてなくなっちまう。それでも、未来の幸せを掴みたいかい?」
知美は考えた。これまでの人生。これまでの思い出。出会った人たちのことや、付き合った人たちの顔や声や匂い。お腹を抱えて笑ったことや、泣き崩れた夜のこと。
それらを走馬燈のように頭の中に廻らせながらも、やはり幸せな未来を選択した。
「ええ、いいわ。未来が輝くなら、過去なんていらない」
そう言い放ち、知美は掴んでいた水晶玉を、足元に強く叩きつけた。
バリンッ!

それから知美は、これまでと変わらず日々を過ごした。過去の記憶はないけれど、その後の未来をとても楽しく過ごした。特別恵まれた生活というわけでもないけれど、小さな不満や小さな不安はあるけれど、それでもいつも、小さな幸せに包まれて日々を送っていた。

「よう、おばば。今日は暇そうだな」
「さあね」
老女の顔見知りが店に顔を出していた。
「ところでおばば、あんた、どうやって他人の未来なんて、幸せにできるんだい?」
老女は少し挑むような声色で、答えた。
「人間、いつでも過去と比べようとするから、いただけない。そりゃ、どんな過去だって、都合よく思い返すだろうよ?だから、過去なんて捨てちまえばいい。そうすりゃ、いつだって、今が最高なのさ」