オルゴールメッセージ

少女の細い指が、金属製の筒に音符を刻んでいく。愛でるようにオルゴールを包み、優しい手つきで、そっと丁寧に、ぜんまいを回し、奏でられる曲を確かめる。
この森で人知れずオルゴールを作る少女。
薪や落葉を貯めておくそれよりも、少し広い小屋の中で、オルゴールの音色にひとり包まれながら。

少女の作るオルゴールは特殊で、ただの音符をシリンダーに刻むだけではなく、音符とともに、言葉を紡ぎ記録していく。
言葉と音符を束ね、そうしてシリンダーにオルゴール特有の、どこか淋しげで、それでいて音の粒がひとつひとつしっかりと心まで届く、あの清く透き通ったメロディを作っていく。
そうやって命を吹き込まれた手作りのオルゴールは、それぞれの持ち主のもとへと届けられる。
紡がれた言葉がやがて紐解かれるのを心待ちにしながら。

「もう別れましょう」
女は項垂れる男に向かって、そう告げた。
「それしか方法はないの?」
突っ伏した床に視線を落としたまま、男は力なく答えた。
「これからどうなっていくのか不安だし」
女は黙った。
そして、男も黙った。
沈黙だけが部屋を満たし、二人の言葉や笑い声を失ってしまったその空間は、充満する沈黙を追い払う術を失ってしまった。
すると、本棚の上に置かれた木製のオルゴールがひとりでに回りはじめ、そして、ゆっくりと音を奏ではじめる。
ただ、その響きは、音というよりも、まるで何か言葉を発しているように思われた。

「オルゴールが鳴ってる」
自然と目を閉じ、その響きに耳を寄せる。
「何かを伝えているように聴こえるけど」
そうして二人はもっともっと集中し、オルゴールが話す言葉を受け取ろうとした。

『ミライ』

ぜんまいは回り続け、オルゴールはさらに伝え続けた。

『テヲツナイデ アルコウ』

二人はそのメッセージを聴き終え、しばらくの間、無言で見つめ合った。それは確かに、『未来、手をつないで歩こう』と、はっきりと聴き取れた。
二人は未来を見据えることを忘れ、今、目の前にある二人の障害や障壁を理由に、お互いを遠ざけようとしていたことに、ようやく気づいた。
そうして今、お互いの心の中には、未来に手をつなぎ、仲良く歩く二人の姿が、はっきりと浮かび上がった。
女はゆっくりと立ち上がり、オルゴールの蓋をそっと撫でた。

「確かこの辺りだと思うんだけどなぁ」

女はある森の中にいた。
自分と恋人との未来を守ってくれたオルゴールを作った本人に会ってお礼を言いたくて、木箱の背面に書かれた住所を訪れた。
森を形作る木々の群れを抜け、パッと視界が開けたその先に、小さな切妻造の小屋は、あった。
女は我が家に向かうような足取りで、その小屋へと近づき、少し埃を被った窓から中を覗きこんだ。中には小ぶりのオルゴールを両手に包む少女がひとり。
女は小屋のドアをそっと開いた。
ギィと軽く軋むドアの音を聞き、少女は音のする方へと、そっと目をやった。
女と目が合い、少女はニッコリと微笑む。
女は少女に伝えた。

「ありがとう」

その言葉を聞くと、少女は笑顔のまま、ゆっくり小さく頷きながら、
「オルゴールが伝えるメッセージを聞いてくださったんですね?」
そして静かに話し始めた。

「ここで作られるオルゴールは、メッセージを持っているの。そのメッセージは、あなたと同じように、ここを訪れた人が残してくれたもの。そのメッセージが、次のオルゴールの音色の中に込められるのよ」
少女は、女にそう説明した。
「え?じゃあ」
「そう、今あなたが伝えてくれた、ありがとうが、今私の手の中にある、この小さなオルゴールの中に刻まれるわ」
少女の瞳が、小さな窓の外、澄んだ青空を、まるで未来に何かを託すように仰ぎ見た。

「あなたのありがとうが、また次の誰かを幸せにするわ」