閉ざされた町

「ここがM町か…」
俊平は山間のその町に降り立ち、静かに建ち並ぶ家々の間を歩きながら、町の様子を眺めた。

M町はまもなく、国の失態が生んだ重要な秘密を隠蔽するために、居住禁止区域に指定され、人の存在しない町になってしまう。俊平は、その町がいったいどんな町なのか知りたくなって、そこを訪れた。
まるで今この瞬間も、人々の日常生活の声が聞こえてきても何らおかしくない様子の状態で、玄関が薄く開いた家や、干されたままの洗濯物、路地からひょっこり顔を覗かせる野良猫の姿もちらほら。

「ほんとに町から人が消えてる…」

ぼそっと小さく呟いた瞬間、ある小さな家の影から、人の気配を感じた。
俊平は急ぎ足で、気配の方へと駆け寄った。すると、その影から、ひとりの女性が現れた。

「観光にでも来たの?」
茶色く染めた長い髪、小柄で少し小さめの背丈の美しいその女性は、俊平に向かって冷たく問いかけた。

「あっ、いや、僕はこの町のことをどうしても知りたくて、今日ここに来たんだ」
「あっ、そう」
光を失ってしまったように見える彼女のその瞳は、何の感情も宿さずに、無表情にこちらを見ている。

「君はどうしてこの町に残っているの?もうすぐこの町は居住禁止区域に…」
「わかってるわ、そんなこと。でも、自分の愛する町を誰かの勝手にされて、はい分かりましたなんて、そんなバカげたことできるわけないじゃない」
語気を強める彼女に、少し怯んでしまった。

「でも、もうすぐ国家の連中がやって来て、強制的に町を閉ざしてしまうよ」
「そうね…知ってるわ」
「僕が君にできること、何かないかな?」
俊平は、彼女を不憫に思い、何かしてあげられることはないかと、必死の思いで尋ねた。

「ないわ…。あるわけないじゃない」
内心では分かってはいたが、突きつけられたその台詞は、自分の心の中に鬱蒼とした無力さを植えつけた。

「君はこれからどうするの?この町に残るの?それとも違うどこかへ行って、新しいこれからを始めるの?」
どうにか彼女の心に触れたくて、俊平は矢継ぎ早に質問を投げかけた。
すると彼女は、期待するでもなく、諦めるでもなく、ただただ空気中に感情や意思を放流するかのように、小さな声で、呟いた。

「未来は誰にも分からないわ」

数ヵ月後、俊平は再びその町を訪れるために、山腹のうねった道に車を走らせた。山間の整備された道路と町をつなぐ唯一の道路橋は既に取り壊され、もう目の前の町へと渡ることは不可能になっていた。身勝手な国家の工事は、無情にも着々と進行し、その町は今や、世界から完全に切り離され隔離されていた。

「目の前に町はあるのに…」
俊平は呆然と立ち尽くし、ただただ、向こう側に広がる景色を眺めた。
「人が住めない町になってしまうなんて…」
悔しさが込み上げ、俊平は拳を強く握り締めた。

どれほどの時間立ち尽くしていただろうか。目の前の現実に対して、何もできない自分の不甲斐なさを感じながら、そんな気持ちに蓋をするかのように、車に乗り込みドアを閉めた。
覆うようにしてハンドルに両手を被せながら、深いため息を二度ついた後、ゆっくりとエンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。沈みきった重々しい気分が伝わったかのように、車も渋々その体を前へと進めた。

最後に町の姿を目に焼き付けようと、バックミラーを覗いた瞬間、あの女性の姿がミラーの中に映った気がした。町の入り口からちょうど二軒目の家の影、泣いているとも笑っているともとれる、おぼろげな表情でこちらを見つめる、彼女の姿が。
俊平は急いで振り返った。が、そこには彼女の姿は、なかった。気のせいだったのかと思い、再び前に向き直り、ミラーを見た。
そこにはもう、彼女の姿は映っていなかった。

「僕があの時、あんな判断さえしなければ、この町がなくなることもなかったのに!」
俊平は大声でそう叫び、ハンドルを強く叩きつけると、躊躇うことなく、左襟に付いた国家のバッジを引きちぎり、窓の外に投げ捨てた。