愛の起源

少年は、学校の校庭の土の中に、タイムカプセルを埋めた。夜の校庭の土は、ひんやりと冷たく、掘る指の感覚を少し麻痺させた。それでも少年は、土の中にメッセージを詰めたカプセルを埋めたかった。届かぬ想いを託すように。

『僕はMのことが大好きです。できれば手をつないだり、できればキスをしたり、そんなことをしてみたいです。好きって伝えたいけど、面と向かっては、とてもじゃないけど言えません。そんな勇気、ないからね。だから、君に届くわけないけど、タイムカプセルに想いを書いて、校庭に埋めるんだ。いつかこの想いが、君に伝わればいいなぁ。大好きです。』

そう書かれた手紙が詰められた質素なプラスチック製のタイムカプセルは、少年の手で、校庭の土の中に埋められた。無事に埋め、穴を砂で塞ぎ終わった後、塀を乗り越え家路を急ぐ少年の表情は、どこか清々しかった。

その核戦争は、ある日突然、全世界を飲み込んだ。人類がこの世に存在した痕跡など、何ひとつ残さぬほど、冷たく無残に、全世界を飲み込んだ。
人間や動物の姿は瞬く間に消え去り、都市に林立していたビルや歴史的な建造物、木々や森、ほんの数秒前まで当たり前のように存在していたそれら全てが、まるで信じ難いイリュージョンのように、瞬時に消滅してしまった。
地図に描かれていた見慣れた模様は、どこがどこだかさっぱり分からないほどにグニャグニャになり、地形の起伏も何もかもが失われ、ただの大地を残すのみとなった。
人間は、こうして自らの存在を跡形もなく消し去るために、文明を創造し、技術を進歩させてきたのだろうか。
地球は、だだっ広い、ただの大地と化してしまった。

後に男と呼ばれるようになる人間と、後に女と呼ばれるようになる人間は、ふたりきりで大地を、行くあてもなく延々と、彷徨い歩き続けていた。
果てなく続く広大な大地の、ある窪みの傍らに、二人は、小さな筒状の物体を発見した。
男はその物体を優しく拾い上げ、眺めた。

「中に何か入っているね」
女に向かってそう話かけた。

「えぇ」

男はその筒状の物体の上部に付いた蓋を開き、中に入っているすっかり酸化し変色した紙を、そっとつまみ上げた。
二人は静かにそれを見つめ、綴られたメッセージを目で追った。
男はそのメッセージを読み終えると、今まさに隣にいる女のことを、なぜだかとても愛おしく感じ始めた。
女も同時に、となりに凛と佇む男のことを、何よりも愛おしい存在だと感じ始めた。
二人は、おもむろに目と目を合せ見つめ合い、感情に突き動かされるまま、お互いの手を取り、身体を寄せ合った。そして、求め合うように唇を重ね合わせた。二人の身体の中には、何度も何度も電流が走り、抱きしめ合う身体を二度と離すまいと、その手に強い力を込めた。

「愛しているわ」
女は、そっと唇を離し、そう囁いた。

「愛しているよ」

男がそう囁き終わると、二人は再び、唇を重ね、男は女の腰をグッと強く抱き寄せた。
何もない大地の上で、二人は時の流れも忘れ、愛し合った。

この日が新しい人類の始まりとなった。
やがてこの星には、力強い緑が生い茂り、清く澄んだ川が美しく流れ始めた。たくさんの人や動物が命を育み、その中で、さまざまな歴史が足跡となって織り成された。

「お父さん、人類って、どうやってできたの?」
休日の昼下がり、とある親子のこんな会話。

「人類の始まりはね、ひとりの男の人と、ひとりの女の人が愛し合ったことから始まっているんだよ。」
万人が知る言い伝えを、父は得意げに子どもに話して聞かせた。

「へぇ、そうなんだ。」
「なんでも、その男女のもとに、神々しいメッセージが届けられたそうだよ。高貴な筒に納められた、それはそれは神聖なメッセージで、全ての愛の起源となる尊い教えだったそうだよ。」