親父からのメール

結局、ロクな会話もせずに、最後、親父は逝ってしまった。
俺が家を出て家族を持ってからというもの、めったに会うこともなく、会ってもまともに話もせず、なんだか居心地の悪い付き合いばかりしていた。そんな親父は、誰の愛情を受けるでもなく、ひとりぼっちで死んでいった。

親父は仕事ひと筋。勤めていた会社が倒産の憂き目を見てからも、わずかな仲間と新しい会社を起こし、何もない状態からの再スタート。それでも弱音を吐かず、その手を休めることなく、働き続けていた。そんな親父が、俺は大嫌いだったけど。
でも、分かっていたんだ。親父はいつも俺の前を歩いていたこと。子供に生活の不安を感じさせることなく、疲れている表情や、落ち込んだ表情ひとつ見せることなく、いつでも寡黙に働き続けていた。そんなこと、俺に真似ができるわけがない。それも全部わかっていたんだ。

「俺は親父みたいになりたくないんだ」

俺の口癖は、いつもそうだった。はみ出して生きることばかり意識して、親父の背中を尊敬するどころか、むしろ、その背中に向かってツバを吐きかけてやりたいとさえ思うくらい忌み嫌っていた。それくらいに親父の生き方を否定し続けていた。

気づけば今の俺は毎日、仕事に追われ、何か楽しみを持って生きるわけでもなく、ただただ働き続けている。あれだけ目の敵にしていた、偉そうな人間や権力を持つ人間、金を持つ人間たちにも、愛想笑いを浮かべ、機嫌を取り、ゴマをすったり、よいしょしたり。
そんな変わり果てた自分の姿を「仕方ない」のひとことで、何の未練もなく片付けてしまうような自分さえいる。
今ならわかるんだ、親父が何を考えて、何を守ろうとしていたのか。

「親父の部屋って、もう片付けた?」
「まだそのまんまよ」

俺はフラリと実家に立ち寄り、親父の部屋で時間を過ごしてみたくなった。親父がいつも篭りっぱなしで、いつでも仕事のことを考えていた、あの頃、忌まわしく思っていた部屋。そこに今、俺はいる。そして俺は、親父のパソコンの電源を入れ、起動させた。

「有名な歌舞伎俳優のお父さん、死ぬ直前にパソコンに俳句か何か残してたんだってねぇ。どういう意味かわかんなかったけど」
先日、友人の女の子からそんな話を聞き、まさかとは思いながらも、親父もそんな風なこと、やってたんじゃないかなって思い、パソコンを見てみたくなったんだ。

何気なくメールソフトを起動すると、『下書き』のメールを保存するフォルダに一通のメールが残っていた。件名は無題。宛先は俺。メッセージ欄には『死ぬ前にお前に手紙でも書こうと思って、それで今メールを』と書かれている。
親父はこのメッセージを、自分の死を予感したときに、俺に宛てて書こうとしたんだ。だけど、途中で終わってらぁ。親父は何を伝えたかったんだろう。めちゃくちゃ気になるけど、親父はもう、この世にはいない。もう聞くこともできない。まったく、親父のやつ。

俺は親父の欠片を残しておきたくて、その下書きメールの送信ボタンをクリックした。親父のメール、俺が俺宛てに送っとくよ。
アクアブルーに点滅する携帯電話のメール受信を知らせるランプ。液晶をタップし、メールを開封する。

「ん?」

そこには、つい今しがた送信したメールの内容とは違うメッセージが。なんだ、これ?

『俺の形見を残そうなんて、お前らしくないな。メールになんか残して、俺を思い出さなくていいよ。生きていて苦しい時や挫けそうな時に、ふと俺の背中を思い出してくれるだけでいい。それだけでいい。あと、このメールは自動的に消滅する。ガハハ、人生の成功を祈る。と、俺はこんな冗談も言えるんだぞ、ガハハハ。俺は面白い奴だったんだ、実は。あと、おねえちゃんにも、めちゃくちゃモテたんだぞ。知らなかっただろ?ガハハハハ。親父のこんな一面を知らないなんて、お前もまだまだだな。ほれ、これを見てみろ、これが俺の本来の姿だぞ』

なんだこの開放されたキャラクターは?ギャップが激しすぎて、受け入れられない。けど、俺の知らない親父の本当の姿を見れた気がして、嬉しくて涙が溢れてきた。本来の姿って何だろう?俺は、メールに書かれたURLをクリックしてみた。

『ご利用ありがとうございます。三日以内に五十万円を下記の口座にお支払いください』

それは、新種の詐欺メールだった。