恋愛夢

タクミには愛している女性がいる。誰よりも何よりも彼女のことを愛している。愛おしくて仕方がない。一分一秒も彼女のそばから離れたくない。それほどに、彼女のことを愛している。

しかし愛する彼女は、タクミの夢の中にしか現れない。つまりは、夢の中でしか、彼女に会うことはできない。

「あなた、もうすぐ目が覚めちゃうわね」
「そうだね。ごめん。もう朝だ。そろそろ起きなきゃ。またね…」
「ええ。またね」

別れ際にはこんな風な会話を交わしながら、また次に夢の中で会えること思いを馳せながら、さようならを言い続ける日々。
夢の中で会う二人には、何の邪魔もなく、時間の全てをお互いの愛を深め合う行為に費やせる。そこにはまるで無限の世界が広がっているようで。強く握りしめた手と手、何度も交わす口づけ、重ね合う若い身体。そうやってタクミは夢の中で、最愛の人との時間を過ごしている。

「タクミくん、君、もうちょっと売上成績どうにかならんのかね?」
「は、はぁ」
「こんな成績のくせに、毎日毎日、早い時間に退社されちゃ困るんだよ。もっと残業して、しっかり稼いでもらわんと!」
「はぁ、はい」

職場でのタクミは心ここにあらず。職場だけじゃない。寝て夢を見ている以外の時間は、魂がすっぽりと抜け落ちてしまったかのように、生気なくやり過ごしている。

「残業だなんてするもんか…。一刻も早く帰って、夢で彼女に会いに行きたいのに」

タクミはブツブツとひとり言を言いながら、ミスプリントの書類をシュレッダーに放り込んだ。

「ねぇ、ぼくはいつでも君と一緒に居たいんだ。もう離れたくないんだよ」
「ええ、わたしも同じ気持ちよ」
「だったらさぁ、夢の中から出てきておくれよ。そうすれば、どんな時でも離れることなく、二人一緒にいれるじゃないか」
「あなた、本当にそれを望むの?」
「もちろんさ、どうして?」

タクミは淋しげな瞳で彼女のことを見つめ、そう問いかけた。

「恋人同士は、ついつい多くを望んでしまいがちだけど、ほんとはね、ないものをねだらず、あるもので満たされるべきなのよ」
「そんなキレイ事なんてどうだっていいんだよ。ぼくは君と離れたくない、ただそれだけなんだよ」

語気を強めるタクミの表情を見返しながら、彼女は静かに口を開いた。

「わかったわ。あなたがそれを望むなら、わたしはあなたの夢の中から出てあげる」
「ほんと?君が夢の中から出てくるなんて、信じられないよ。早く目が覚めないかな…」

暗闇の中から意識が戻る。どうやら目が覚めたみたいだ。あれ、なんだか靄がかかっているみたいに、白っぽくて、曇っていて、なんだかまだ夢の中にいるみたいだ。
向こうから彼女がやってくるのが見える。なぜだろう?彼女とはもう、夢の中じゃなくて、現実の世界で会えるはずなのに?どうしてこんな夢のような状態で、彼女がやってくるんだ?

「ありがとう、わたしを夢の中から出してくれて」
「え?でも、これってまだ夢の中だよね?」
「ええ、そうよ。これは夢の中よ」

どういうことだ?まだ彼女は夢の中にいるじゃないか?意味がわからない。

「どうしてまだ君が夢の中にいるの?」
「わたしはもう、あなたの夢の中にはいないわ。だって、あなたが夢の中から出してくれたじゃない。わたしの身代わりになって」
「え?」
「そうよ、これはわたしの夢の中よ。あなたはわたしの夢の中で暮らすことになったのよ、わたしの代わりに。あなたがそう望んだんでしょ」

そんな?ぼくは現実の世界で彼女に会いたいとは望んだけれど、何も彼女の身代わりに、彼女の夢の中に住まうなんて、望んだ覚えはない。ただただ、彼女に夢の中から出てもらって、片時も離れずに過ごしたかっただけなのに。

「ねぇ、伝えなくちゃならないことがあるの」

彼女の淡々とした表情。スローモーションで開くくちびる。静かに冷たく打ち明けられる言葉。

「現実の世界で、他に好きな人ができたの」