記憶の捏造

「人間の記憶って、とっても曖昧で、事実じゃないストーリーを作っていることも多いんだって」
「あちこちに散らばる記憶の断片を引っ付けてみたり、他人からの誘導で、本当は起こってもいないことを起こったことだと思い込んでみたり」
「希望を込めて記憶を想起したりすることもあるんだって」
「要するに、脳って、自分が望むように、記憶を編集したりするんだね」

タケルはそんな話を知人から聞き、ふと自分の記憶を確かめたくなった。友人や恋人と話をするとき、昔の自分のことを話すことも多く、そうやって自分の中で定着しているエピソードの数々。そういったものを、一度確かめてみたくなったのだ。

「僕の実家近くには、小学生の頃、初恋の女の子と下校時に並んで歩いた、ガードレールが長く続く道があってさぁ…」

タケルは、実家近くのコインパーキングに車を停め、母校へと続く道を目指した。八百屋の角を曲がり、母校がある通りは、ガードレール。ガードレール…?ガードレールが、ない…。そんなぁ。近くを歩く老人に尋ねてみても、この近くにガードレールがあったことなんて、今だかつてない、なんて答える始末。記憶の捏造?まさか…。

僕が通っていた(と記憶している)駄菓子屋も、実は存在していなかった。友だちと一緒に、毎日利用していた(と記憶している)銭湯もなく、数十年前からそこは空き倉庫だという。サッカーボールを蹴り当てて遊んでいた(と記憶している)ブロック塀もそこにはなく、ただただ埃っぽいだけの古民家が。悪友たちと隠れてタバコを吸っていた(と記憶している)空地もそこにはなく、なんと、そこには池が広がっていた。一番驚いたのは、僕が利用していた(と記憶している)最寄駅も実は存在せず、駅どころか、線路もなにもかもが、ない。

人間の記憶はこんなにも曖昧なのか?曖昧というか、僕はそんなにも記憶を捏造して、これまで生きてきたのだろうか。
偶然すれ違った、中学校時代の同級生に、恐る恐る尋ねてみた。

「僕って、中学生の頃、サッカー部だったよなぁ?」
「久しぶりに会ったからって、バカにするなよな。お前は、テニス部だったろ?」

レギュラー番号の入ったユニフォームをもらえた時の喜びは?センタリングのボールに合せて、ゴール前に走り込んだ時に骨折した右足は?ロスタイムで逆転勝ちして涙した、あの大会のあの試合は?僕の中にあるこの記憶は、いったい何だって言うんだ…。

「僕の母親はさぁ、昔から、いまいちパッとしない容姿でさぁ。なんだか、友だちとか家に呼ぶのが、けっこう恥ずかしかったんだよねぇ…」

ある理由から、十数年実家に帰っていないタケル。自分の記憶の中での母親を確かめてみたくなって、実家を訪れることを決意した。まさか、自分の母親の記憶が間違っているなんて、そんなことあるはずがない。こんな記憶まで自分で捏造していたなんてことがあったら僕は、いったい何を覚えているっていうんだ。
タケルは焦る気持ちから、じっとりと手を汗でにじませ、ドアノブをひねり、実家の玄関を開けた。

「おかえり」

家の中から母親の声が聞こえた。母親の声はこんな感じだっただろうか?これまでの記憶の捏造の数々があるもんだから、自分の記憶に、強く自信が持てない。
靴を脱ぎ、玄関通路を歩く。左のドアを開ければ、そこはキッチンだ。勢いよくドアを開け、自分の記憶に住まう母親を確かめてみた。

すると、そこには、見たこともない、美人で若々しい女性の姿が。誰だ?

「あなたは、いったい誰ですか…」

ポカンとそう尋ねる僕を見て、女性は微笑んでいる。すると、キッチンの奥から、父親の声が聞こえた。

「おう、タケルか。珍しいな、お前が実家に帰ってくるなんて」
「お父さん、この女性は?本当に僕の母親は、この人なのかい…?」

すると、父親は、ちょっとハニカミながら、照れた素振りでこう答えた。

「父さん、再婚したんだぜ。前の母さんと違って、こんな美人を捕まえるなんて、父さん、なかなかやるだろ?」

少年のように恥じらう父親の頬を、思わず殴りたくなった。