下手クソな演説

N氏は演説が下手クソである。聴衆の心はおろか、話の要点も掴めない。それが政治家の資質として唯一の弱点であり欠点であることは、自他ともに認めている。演説さえ上手ければ、と。

町はずれの骨董品屋。N氏はうさん臭い雑誌の記事広告を見て、わざわざ店を訪れた。広告に掲載されていた商品は、ゴーストライターならぬゴーストスピーカーが、本人に代わってスピーチを代弁してくれるという、魅惑の拡声器だ。N氏はその拡声器を使い、ゴーストスピーカーに熱弁させ、見事に選挙に当選しようと企んだ。

「なになに?ゴーストスピーカーが遠隔地からこの拡声器に声を送り、しかも拡声器から発せられる声は、機械を持つ当の本人の声になる?」
なるほど。取扱説明書を読みながら、N氏はニンマリした。俺は演説さえパーフェクトに行けば、当選は確実。人脈も抜かりなく、政策にも穴はない。何もかもが完璧だ。足りないのは、演説の能力だけなんだ。

拡声器を手に入れたN氏。早速、選挙事務所に戻り、拡声器を使用し、試しに軽い演説を披露した。なんと見事な演説だろう。周りにいる秘書たちも、これは当選確実と言わんばかりに、頬が緩みっぱなし。当のN氏も笑いが止まらない。
「これは大した秘密兵器だぞ。次の選挙が楽しみだな」
そう言いながら、N氏は拡声器のスイッチを切り、テーブルの上にそっと置いた。

「お集まりの皆様、これから、J党より出馬のNが街頭演説を行います。国民の皆様に向けた、メッセージをどうぞお受け取りください」
街頭演説当日。N氏は、真っ白な拡声器を手に、選挙カーの上へと立ちあがった。
「えー、わたくしNは、出口のない不況をさらに加速させ悪化させるべく、不毛な施策に税を注ぎ込み、皆様の生活をどん底に陥れ…」
あれ?拡声器の調子がおかしいぞ?どうしてこんな馬鹿げたセリフを発するんだ?なんとかならないのか?取り返しのつかないことになるぞ。震えた声で、恐るおそる演説を続けるN氏。
「さらには外交面でも、日本が孤立し、海外諸国から遅れをとるよう、愚行、愚策で参りたいと…」
ダメだ。演説は中止だ!これじゃ、演説が下手どころの騒ぎじゃない。たったの一票さえ入らなくなるぞ。どうしてだ?
口々にザワザワと騒ぎ立つ聴衆の間を、ひとりの男が選挙カーに背を向けて立ち去った。真っ白で小さな遠隔用の拡声器を手に持った男。対抗馬のM氏だ。M氏の肩は小刻みに揺れながら、人ごみの中に消えていった。

選挙当日。開票の結果が大々的に報じられた。
「J党より出馬のN氏当選!」
理由は、まるで喜劇ともとれる過激な演説を披露したことで、物好きたちの間で噂がうわさを呼び、結果として浮動票を大量に取り込んだのが勝因とのこと。

N氏は、拡声器を粗大ごみに捨て去り、自分の演説の下手さに、いっそうの磨きをかけることを、心に誓った。