空速急行

満員電車ほど込んではいない電車に揺られ、朝の通勤。
いつもと変わらない車内の風景。乗客の多くはサラリーマン。その他に、通学中の女子高生たち。あとは、OLが数人。
座席はほとんどが埋まっている。この路線は、朝の通勤の時間帯には、始発の駅で座席のほとんどは埋まってしまい、次の駅から乗り込む乗客は、たいてい座席に座れることはない。

皆、吊り革を掴んで、規則正しく一列に並んでいる。
ぼくは通勤の時間は考え事に使うことが多い。その日に作成する企画書の内容だったり、明日のプレゼンに向けてのイメージトレーニングだったり、仕事に関することを考えていることが多い。
今日も、そうだ。吊り革を握りながら、ボーッと外の景色に目をやりながら、企画書に書くフレーズを考える。次の企画は、大手三社によるコンペだ、絶対に負けられない。しっかりした構成の企画を組んで、コンペに勝ってやる。

そんなことを考えていると、ついつい手に力が入り、握っている吊り革をグイッと下に引っ張ってしまった。すると、左隣の女性のスカートが、ひらひらっと舞い上がった。
まさか、吊り革を引っ張ったことで、スカートが浮き上がったのか?たまたまタイミングが合っただけで、まさかそんなことはないだろう…。スカートの裾が少し、ふわっと舞い上がっただけだ。どこか窓から風でも吹き込んできたのだろう。

そう思いながらも、あまりにタイミングが一致していただけに、ぼくは気になってしまい、今度は意図的に、今度はもっと力強く、吊り革を下にグイッと引っ張り下げた。すると、その女性のスカートが、今度はさらに高くふわっと舞い上がった。それはまるで、マリリン・モンローが地下鉄の通気口から吹き上げる風に、スカートを舞い上がらせるかのように、ふわふわっと浮き上がった。
やっぱりだ、ぼくの掴んでいる吊り革は、何やら足元から風を吹き上げる装置と連動しているようだ。だから、ぼくが吊り革を引き下げると、隣の女性のスカートが、ふわり。

ぼくは企画書のことなど、すっかり頭から追い出してしまい、吊り革を引き下げ風を吹き上げることに夢中になっている。女性のスカートをもてあそんでいると言わんばかりに。
ぼくは思い切って、その女性のスカートを完全にめくり、中の下着を見てみたいという衝動に駆られた。そうだよ、風を強く吹かせれば、スカートは完全に上にめくり上がるんだ、思いっきり吊り革を引っ張り下げるだけでいいんだ。それだけで。

ぼくはついに決意し、右手に力を込め、吊り革をありったけの力で引っ張り下げた。
すると、隣の女性の足元から強烈な風が吹き上げ、女性の身体を浮かび上がらせた。すごいスピードとともに、みるみる女性の頭は天井付近まで近づき、「バキン!」と天井を突き破り、飛んで行ってしまった。

ぼくは何が起こったのかさっぱり分からず、キョトンと穴の開いた天井を見上げた。他の乗客は、まるで興味も示さず、各々変わらないいつも通りの通勤時間を過ごしている様子だ。なぜだ、こんな衝撃的なことが目の前で起こったというのに、なぜ誰も騒がず焦らず、興味さえ示さないんだ。
わけがわからず、ひとり胸をドキドキさせたまま、会社のある駅のホームに降り立った。
目の前の柱に貼られたポスターに、ふと目が止まる。こんなポスターあったかな?

[空速急行 運行開始のお知らせ] S鉄道では、この度、空速急行の運行を開始しました。普通の急行や、快速急行、通勤急行などとはまるで異なり、空を経由して目的の駅へとお客さまをお運びいたしますので、これまでよりも通勤時間をグッと短縮していただくことが可能です。

ただし、空速急行の運行は不定期となっております。

スケベな下心をお持ちのお客様が吊り革を持ち、その気持ちを高ぶらせ、吊り革を強く引っ張り下げた瞬間が、発車の時刻となっております。
それでは皆様、空速急行のご利用を!