バッグを漁る女性

そこは駅のホーム。
ガサガサゴソゴソと、トートバックの中身を漁る女性。ブランド名が大きくプリントされた派手なバックは、あれは確か、ムック本の付録のやつだ。
なんだかブランドのバッグが似合わない女性だなぁ。バッグ以外は、とても地味な服装、地味な髪型、そんな地味な出で立ちの女性がひとり、バッグをしゃかりきになって漁っているんだ。いったい、何を探してるっていうんだ。

駅のホームの景色からは、まるで異色。連絡待ちで停車中の車内の乗客たちも、ホームでバッグを漁る女性に、ちらちらと目をやりながら、ニヤニヤする者もいれば、ヒソヒソと友人に耳打つ者も。それほどにその女性、ホームでは異色。ガサガサゴソゴソ。
まだ探してる。まるでバッグの中に吸い込まれてしまうかの如く、いや、バッグの中に潜り込もうとしているかの如く、慌ただしく、漁る、漁る。いったい、何を探してるっていうんだ。

その女性、T駅のホームでバッグの中身を漁るのが、まるで日課とでもいうように、毎日毎日、バッグを漁る。駅の利用者は、ほとんどの人間がその光景を目撃しているため、
「また今日もいるよ、バッグ女が」
などと罵る人間もチラホラ。それほどに、女性、ちょっとした有名人になってるんだ。
その女性、バッグを漁りながら、なんといつも、最終電車までその行為を続け、いつも仕方なく諦めたといった様子でバッグに突っ込んだ手と頭を抜き出し、しょぼしょぼした目で電車に乗り込む。それが、いつもの光景。そりゃ、バッグ女だなんてあだ名も付けられる。
いったい、何を探してるっていうんだ。

こんな日もあったんだ。
その女性、その日は、比較的早い時間にバッグから手と頭を抜き出し、ちょっと満たされたような表情で電車に乗り込んだ。あら珍しい。そうして満足げな表情の女性。でも、なんてアンラッキーなんだろう。その日のその列車、人身事故で足止めを食らってしまい、結局電車が動き出したのは、いつもの最終電車よりも遅い時刻。そんなアンラッキーってあるかい?乗客のみんなは、人身事故で電車が止まってることよりも、その女性の不運さに吹き出す始末。いったい、なんてツイてない女性なんだ。

ところがだよ、ある日ひとりの男性が、あまりにいつも女性がバッグを漁っているもんだから、邪魔しちゃマズイかなって思いながらも、大きな好奇心とちょっとした恐怖心を胸に、聞いてみたんだ。
「何を探してるんですか、いつも?」
って。

するとだよ、その女性、何事もなかったかのように男性のことを無視してバッグを漁り続けてる。やっぱり聞いちゃマズイことだったのかなって、ふつうは思うでしょ?でもね、その男性、けっこう厚顔な人でさぁ、めげずに女性にもう一度尋ねたんだよ。

「あの、すいません、いつもいつも何をそんなに一生懸命になって探してるんですか?」

って。

でもね、女性は相変わらず動きを止めずにバッグと格闘している。男性は少しイラッとしながら、女性に向かってこう言ったんだよ。

「そんなに探し物が見つからないんだったら、バッグを逆さにして中身をぶちまけてみたらいいじゃないですか。ほら、こうして!」

そう言いながら、男性は女性からバッグを奪い取り、そのトートバッグの口を大きく開き、逆さにして激しく上下に振ったんだ。
すると、どうなったと思う?何が出てきたと思う?聞いて驚いちゃだめだよ。

「何も出てこなかったんだよ」

女性はからっぽのバッグをいつもいつも、ゴソゴソと漁ってたんだよ、信じられる?信じられないでしょ?その様子を横目で見ながら女性が口を開いたのさ。

「生きてると、何かを探さなきゃって思って、ついつい闇の中を手探りで探してしまう。でも、そうしている間に、自分が何を探しているのか見失ってしまう。人間って難解な生き物ですよね」

男性はあまりにも哲学的なセリフが女性から飛び出してきたことに唖然とし、呆気にとられたまま立ち尽くしている。女性は、キリッとした表情でバッグを拾い上げ、目の前の最終電車に乗り込んでいった。呆けたままの男性は、自分も最終電車に乗らなければと我に返り、締り始めたドアに駆け寄った。ふと足元に目をやると、一枚の切符が落ちている。

「あっ、切符を落としましたよ…」

女性の背中に向かってそう投げかけてみるも、ドアは非情にもプューと音をたて閉まってしまった。窓越しに覗く女性の表情は、なぜか晴れ晴れとしていた。探し物の次は、落し物を探すはめになるとも知らずに。