復活

 そうか。そうだったのか。
 親父がやってきたことの重みを突きつけられ、俺は衝動的に骨を鷲掴みにすると、自分の未熟さを打ち砕くようにして、床に叩きつけた。

 急逝した親父の遺品整理をしていたときだった。湿気まみれのダンボールの中に遺されていたのは、一冊のノート。何気なく手に取った俺は、中身に目を通し驚愕した。
 そこには、人気ラーメン店を営んでいた親父の、秘伝のレシピが書き記されていたからだ。
 仕事が長続きせず、職を転々とし、親のスネをかじり続けた人生が終わる。俺はそう確信した。父の遺志を継ぐとか、ラーメンに人生をかけるとか、そんな大義名分は一切ない。ただ単に、金のにおいがしただけだ。
――このレシピさえあれば、もう金には困らない。
 俺はノートを丸め、ポケットに突っ込むと、したり顔で親父の部屋を飛び出した。

 親父の店〈麺道〉は、親父がこの世を去った翌日から、ずっと閉まったまま。新たにラーメン店を営む店主に居抜きで買い取ってもらえることを、遺された俺たち家族は望んでいたが、条件に合う希望者は現れず。時間ばかりが過ぎ、店はどんどん風化していった。
 そこに現れた救世主が俺だ。
 店を継ぐことを告げると、母は悲痛なほどに心配した。親元から自立もせず、30歳を過ぎたボンクラ息子。世間も知らず、何の経験も持たない俺が、ラーメン店など経営できるはずがない。
 でも、大丈夫さ。なんせ俺には、秘伝のレシピがある。これさえあれば、やっていけるんだよ。
 自信満々な俺を、母はいつまでも憂鬱そうな目で見つめていた。

 人気ラーメン店〈麺道〉が復活する吉報は、またたく間に近隣へと広まった。もちろん、近場だけじゃない。親父のラーメン食いたさに県外から訪れていた客たちも、噂を聞きつけ、店に顔を出してくれた。
 働くのが何より嫌いな俺だ。親父のようにタオルを捻り鉢巻にし、汗だくになって湯切りしたりなどしない。せくせく働くのは、雇った従業員たち。たった一人で店を切り盛りしていた親父みたいに、不器用なやり方はしない。金さえ手にできればいいんだ。
「おつかれさまでした!」
「明日もよろしくね~」
 仕事を終え、店をあとにする従業員たち。彼らを見送った俺は、一日の売上をチェックし、ひとり悦に入った。

 復活した直後は、行列ができるほど繁盛していた店に陰りが見えはじめたのは、店の再開から三ヶ月が経った頃だった。
 明らかに客足は鈍り、容赦なく売上は下がっていった。半年が経った頃には、ひとりも客が来店しない日も珍しくなくなった。給料も払うことができなくなり、ひとり、またひとりと、従業員もクビにしていった。
 そして、残ったのは俺ひとり。
 そんなある日、かつて常連だった近所の商店街の雑貨屋店主が、店に顔を出してくれた。
 鶏ガラから特殊な方法で出汁を取ることで、濃厚さとコクが増し、唯一無二の味が客を魅了した親父の秘伝のラーメン。復活直後、「完璧に再現されてる!」と、客たちは喜んでいたはずだ。それなのになぜ……。
 無言で麺をひと口すすった店主は、小首を傾げた。それを見た俺は、思わず前のめりになり叫んでいた。
「親父のラーメンと全く同じでしょ!? 俺は完璧に再現したんですよ!」
 憐れむような目で俺を見上げる店主は、う~んと唸ったあと、「何かが足りねぇんだよなぁ」と、ボソッと呟いた。
「何かが? その何かを教えてくださいよ! 常連だったんでしょ!?」
 悲壮感に満ちた俺の詰問に臆することなく、店主は遠い目をしながら言った。
「もちろん俺たちはこのラーメンも好きだったけど――もしかすると、親父さんの人柄が好きだったのかも知れねぇな。それに触れるために、ここに足を運んでたのかも。このラーメンに足りてないのは、親父さんという調味料かもな」

 親父のラーメンが愛されていた理由は、鶏ガラのスープではなく、その人柄だったのか。
 何かに打ち込むことから逃げていた俺は、休みなく寡黙にラーメンを作り続ける親父を、薄気味悪いとすら思ったこともあった。しかし、復活を知り、店に戻ってきた客たちの期待に満ちた表情は、紛れもなく親父のラーメンを――いや、親父を求めていた。
 そうか。そうだったのか。
 親父がやってきたことの重みを突きつけられ、俺は寸胴の中から鶏の骨を鷲掴みにすると、自分の未熟さを打ち砕くようにして、床に叩きつけた。
 誰もいない店内を呆然と眺める。すると、調理台の端に放置された親父のノートが目に留まった。気づけば俺は、すがるようにページをめくり直していた。
「えっ?」
 ラーメンの作り方が記されたページしか目を通していなかったが、実は、その後のページにも何かが書き連ねられていた。
 そこには、親父の人生訓がビッシリと書き込まれていた。それは明らかに、俺へのメッセージだった。
 親父の生き様をまざまざと見せつけられ、俺は涙した。何の関心もなかった親父という存在が、一瞬にして尊敬へと変わる。生前の親父と、もっと触れ合っておけばよかったと後悔もした。
 親父のメッセージは、こう締めくくられていた。
『武範よ、味のある男になれ』
 親父が遺したラーメンに、俺という調味料を注ぎ、必ず店を復活させる。俺はそう心に誓った。
 調理台の上にノートをそっと寝かせ、小脇に置いてあった白いタオルを手に取る。思いっきり捻りあげ、それを頭に巻いてみた。

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