いつもの風景

目の前に無表情に置かれたビールジョッキ。店内の風景は何処にでもあるような居酒屋の作りそのものと言った感じ。時間は十時半くらい。いや、もう少し夜もふけている頃かも知れない。マスターは相も変わらず、暇そうな店内をウロウロするばかり。ぽつりぽつりと埋まるカウンターの客の背中をよぎる様に動くマスター。

「でも、今度の新曲は結構自信作やったりするねんなー」

と、ビールジョッキを片手に口火を切る売れっ子作曲家の大谷五郎。彼は今、大阪ミナミに在るBレコード会社に勤務?している。日々作曲に浸かる毎日で、金と女の融通は利くが、そんな毎日を憂いたりもしていた。

「また爆発ヒットを生んだりするんちゃうの?」

そういって大谷をあおる男。彼は大谷がインディーズでバンドをやっていた頃からの親友、中島耕介。そんな中島も昔は音楽に精を尽くし、東京のF音楽事務所と契約を交わしていた時も在った。しかし、音楽の道は以外?に険しく、誰しもが当てられる可能性の在る宝クジの様なそれとは、まったく異次元の世界であった。

「自信作を書いてもなんか、買ってくれるリスナーの耳が最近どうもな・・」

「どうもって、今も昔もミーハー大好き日本人ってトコは変わってないやろ?」

「そうやん、言いたいのはソコやん!その優柔不断さが問題やねん!」

と、大谷は息巻いて言った。

「なんで?R&Bが流行れば流されてみたり、Hip Hopが流行れば次にはそこに居場所探してみたりとか?そんな次元の話?」

「そうや。簡単に言うけどそれって大問題ちゃうかな?だって、言ってみれば時代の流行の波に乗ってれば何作っても売れるって言うコトやで。それって、創ってる側からしてみれば寂しい話やで」

大谷はうつむき加減にそう言った。

「そう言ってしまえばそうかも知れんケド、地道にサラリーマンやってる俺なんかからすれば、お前の仕事とかうらやましい限りやで。もっと誇り持ってやらんと、今の仕事」

「うん。確かにそうかも知れんな。愚痴ってても、最近では金とか困った事とか無いし、贅沢な悩みかもな・・。」

確かに現代の音楽シーンと言うのは錆びれた代物には違いなかった。ヘビメタ全盛期やジャパニーズパンク発祥の頃の音楽情勢とは、何十度と言う傾きを見せる昨今の音楽シーンだった。大谷も確かにそれは感じていた。ココロの奥から感じていた。しかし、憧れと夢を抱き入ったこの世界。入ったと言うよりも掴み取ったこの世界。不平不満よりもひたむきさが前面に出ていてもおかしくは無いはずなのに、今この時間に心斎橋の居酒屋で愚痴を垂れている。この彼の素性こそが、今の音楽業界の半身を物語っているのかもしれない。

「ほんで、お前はまだ音楽やってんの?」

突然、大谷は言葉を流した。

「いや、もう全くやってない」

中島の淡々とした言葉が耳を突く。

「でも、お前やったらイイとこまで行けてたで、きっと」

「そうかも知れんな。自分で言うのもなんやけど。俺もけっこう本気で音楽好きやったからな」

「もしかしたら俺よりお前の方が頑張ってたかもな」

そう大谷は肩を揺すりながら笑った。

「うん、それは確実に言えてるな」

枝豆を口に運びつつ、大谷に言葉を返す。

「でも、俺も今はサラリーマンやってるけど、別に音楽の事あきらめたわけじゃ無いで。俺も前々から今の日本の音楽には憤り感じ出しとったからな」

「そうやろ?作曲家としての俺の悩みも分かるやろ?」

「まあな。だって、誰が見たって、って言うか、誰が聴いたかって情熱無いもんな。今の音楽は」

「絶対そうやって。電子音楽とかの氾濫が産んだ結果かも知れんで。ある意味」

「うん。電子音楽は清き犯罪者やもんな。楽して音楽作れる清いイメージ作ってしもたもんな。坂本教授とか小室先生あたりが・・。」

「しかし、如何せん今の音楽って電子、云わばデジタルの味方無しでは勝利を掴むことできやんもんな」

「それは言えてる。なんだかんだ言ったってデジタルに身染めてもうてるもんな。ビッグネームたちは」

「そう考えると長渕サンとか、今で言ったらゆずとかって頑張ってるよな!アイデア勝負って言うか、出たトコ勝負って感じで」

溜息と共に話を続ける大谷。

「やっぱり、ジャズとかフォークに身を捧げてきた奴らってハンパじゃないくらい音楽愛してるもんな。その点、今のエセパンクな奴らは何を考えて音楽やってるんだか」

「今の若い人らって目立つん好きやからな。それはそれでイイ事なんちゃうの?だって、ジミヘンとかだって、どれ位真剣やったかなんて今となっては雲隠れで分からん話やで。ただのセックス好きヒッピーやったかも知れんで。意外と」

笑う顔に含みを持ち、そう中島は言った。

 

テーブルの上には突き出しを初め、全ての注文の品が置かれている。ミュージシャンが集まると音楽談義に花咲かせ、互いの音楽批評論を肴に酒をあおる事が大半なのである。だから、固形物が運ばれてきてもほとんど口にせず、むしろ邪魔物扱いの塊と化してしまうのである。しかし、何はともあれ、よき音楽はよき音楽で、悪き音楽はまたそれで結局酒の肴になってしまう。耳で聴き、口から放つ。これは音楽の基本なのかも知れない。

マスターが眠そうな顔をして備えてあるテレビの方をじっと見ている。この時間になると、本当に客はまばらで、現にこうして愚痴まく作曲家と平凡な一サラリーマンが店内の騒音の大半を占めてしまっている。心斎橋の夜はにぎやかだが、殊この店だけはうっすらと静まり返っているのであった。

 

「ヤイコが最近アツイんよねー」

そう言ったのはサラリーマン中島。

「こないだかて、神戸のK会館にヤイコのライブ観に行って来てんやん。それで、ハダシで熱唱するヤイコ観て感動すら覚えたわ」

「アイツはかなりの凄腕やで。確かに唄は上手いし、ましてや作曲に関しても光ってるからな」

「どうなん?俺とかヤイコとセッションしてみよかな?とか思うわ」

と、中島の方が言った。

「お前やったらあの子とコラボしたらオモロイもん出来るかも知れんな。ってもう今のお前じゃ畑違いで無理やけどな」

中島のボヤキに何かしら時代の寂しさを感じてそう呟く。

「でも、この間谷九のジャズバーに行って来てんけど、ジャズはやっぱ最高やね。日本ももっと綾戸千恵みたいなんが第一線で活躍出来るような音楽環境に変えていかんとアカンな」

「そうやな。今の電子音楽ブームが去った後に何が残るんかって考えたら恐ろしいもんな。現にパラパラだって世のコギャルたちが雪の様に白くなった後はユーロビートと同化してひっそりしてんもんな」

「いつの時代もそうかも知れんけど、時代と音楽ってリンクしてるやん?そう言ってしまうと、今の日本の音楽って時代とぴったりシンクしながら流れてるから、それはそれでアリなんちゃうかなって思う時も在るけどなー」

居酒屋のお品書き、と書かれた薄汚れたメニューを見ながら中島は独り言の様に呟いた。確かに芸術は時代を見事に描写する。そして、若者が殊更に音楽以外のアートに興味を示さない日本の文化は顕著に時代の悪化を音楽と言うフィルターを通して露呈してしまっているのであった。確かに時のパンクブームは日本の勢いを象徴している、日本と言うよりも若者のそれを象徴していると言っても過言ではない。クラブシーンにだって同じ事が言えるだろう。数年前までは考えも出来なかった程の良質な音楽が、各クラブシーンのDJ達によってクラブフリークの人々に伝えられている。いい意味で言うと、歌謡曲全般が猛威を振るう日本音楽が多種多様に変化したとも言える。しかし、悪く言えばただの、カオス。東京辺りだと、池袋、新宿二丁目。大阪で言うとアメ村、堀江などの街の風景、人々の風景そのものと言った混沌具合だった。

 

「ボブディランが風に吹かれてを初めて唄った時の気持ちってどんな感じやったんやろな?」

作曲家がそう話す。

「そら、戦争にぶつける魂が動かしたんちゃうの?ボブディランの気持ちを」

「そうやろな。ポリシーがちゃうもんな。あれがまさに音楽が云わんとする全てやろな」

「作曲家さんよ、それはちょっと言いすぎなんちゃう?今のアーティストたちも結構魂の叫びを連呼してるコジキみたいな奴もおるで。例えば降谷建志くんなんかとか。あんだけアメコンに満ちたヒップホップって言うジャンルの音楽で、あそこまでイイ歌詞ぶつけられたらやっぱ、ココロに響いてまうわ。」

「そうかもな。彼の創る音楽って言うかコトバ?あれは鬼気迫るもんがあるよな。」

と、納得しながら大谷はさらに続ける。

「例えば、ライブとかタダでやるって言うレコード会社の方針が決まったとするやん?もちろんギャランティーも無しでやで。その状況下で死ぬ気で音楽出来る奴ってどれくらい居るんやろな?そんな状況になるのは考えられへん事やけど、本気で音楽好きな奴ってそれでもやると思うんやん?」その問いに、

「そりゃ、みんなやるんちゃう?お前が思ってる程日本のアーティストら音楽バカにしてないで。ココロん中から演奏してると思うで。だから、だからこそ俺が言いたいんは、もっと深く音楽聴かなアカンのんちゃうの?今の若人たちよって事やねん!全然今の音楽は悪いとか思ってないし、昔々のそれに比べたら比にもならんくらいに音だってカッコよくなって来てるし。そんなイイもん創ってもらってんねんから、聴き手が成長して行かなアカンって思うねん。聴き手が音楽シーンを濁してしまってんねん。カラオケで唄いたいからとか、着メロにしやすいからとか、そんな安易な理由で音楽に触れんとって欲しいねん。少なくとも、ウッドストックが催された時代のヒッピーらの方が真剣に音楽に接しとったと思うねんかー。だってそうやろ?今の時代にジャニスとかジミヘンとかが居らんって言うのはただの甘えやで。盲目なだけ。それに変わるって言うか、全然越えてるアーティストとかいっぱい居てるで。ただ、聴き手が本気になるのんビビってるだけって言うか、歌詞とかによって現実ぶつけられるんが怖いだけ。そりゃ、テクノとかビート音楽聴いてると気持ちイイで。でも、音楽はそんな薄い気持ちで接したらアカンようなモンとちゃうの?痛いとか、悲しいとか、苦しいとか、悔しいとか、寂しいとか。そう言った感情がたっぷりつまった幕の内弁当的な要素が在るやん?首振れたらそれでイイなんて、ちょっとおかしいんとちゃうかな?どう思いまっか?作曲家さんよ?」

そう言って熱く火照った顔を横に向け、大谷の顔を捉えようとした中島。しかし、時に暴走は怖いことを生む。大谷は眠ってしまっていたのだった。生ビールの中ジョッキの間に顔をうずめ、かすかな鼻息と緩やかな肩の呼吸を背負って眠ってしまっていた。それを見て、

「ほんまに今の音楽家はよく寝ることやなー」

と、中傷したまま中島はウトウトし出しているマスターにビールのおかわりを頼んだ。テレビには洋画が流れている。もう、たいていの番組は眠りについてしまっている時間なのだ。もちろん中島は明日も仕事なのである。今日は水曜日。ただただ木曜日と言う日に変わるだけで、生活内容は昨日も今日も三ヶ月前も何も変わらない。何一つ変わらない。でも、隣でスヤスヤと眠る売れっ子作曲家の男を見てもジェラシーなんかは感じない。うらやましいなんて感情も別に抱かない。それくらい、中島は音楽と言う芸術を他人行儀に眺めているのであった。もちろん社会人と言う響きに満足しているわけでもない。楽しみなんかは何もない。でも、何かしら楽しい事でも起きないか、と言う漠とした期待は持っている様な楽天家だった。楽観主義者ではない。ただの楽天家。楽天家も作曲家もほとんど同じ。同じ社会人。違うと言えば明日伝票整理をするか、ギターをかき鳴らすかの違いくらい。たいした事ない。結局同じこと。そんなことを考えながら中島は、ゆっくりと立ち大谷の肩を揺すりながら、

「自信作がパクられん内にオケだけ作っとかなアカンのとちゃうの?エエもんはすぐにつばつくで!」

そう言いながら中島は清算伝票を右手に取った。

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