昼と夜との間だけ、すっぽりと白(しろ)頭巾(ずきん)を被って過ごす奇妙な村があった。旅人はそれに興味を持ち、村を訪れることにした。

 辺境の地にあるその村。やっとの思いで旅人はそこに足を踏み入れた。

 まだ太陽の日差しが強い昼下がり。これまでに訪れた村と何ら変わらない穏やかな雰囲気が漂っていたが、日が沈みかけると、村人に異変が起こった。噂どおり全員が、頭部全体を覆う白頭巾を被りはじめたのだ。それはまるで、村全体が秘密結社に支配されたような光景だった。

「どうぞ」

 見知らぬ男が旅人のそばに近づき、頭巾を手渡してきた。村人が持つものと同じ頭巾を。

「さぁ、もう日が暮れる。宿に帰りなさい」

 男はそう忠告すると、足早に去って行った。

 郷(ごう)に入りては郷に従え。それは肝に命じていた。そこに住まう人の忠告には従ったほうがいい。

 これまでに多くの国や村を訪れてきた経験から、旅人は素直に宿に戻ることにした。頭巾を被った村人たちの間を縫うようにして。

 この村に来てから数日が経った。昼と夜との間だけ頭巾を被り過ごすという噂を確かめられたことで、満足な気もしていた。

「また次の旅に出るか」宿のベッドに寝そべり、ぼんやりと呟く。

 しかし、旅人の中には、捨て去れない好奇心があった。昼と夜の間、頭巾を被って村人はどのように生活しているんだろうか?

 ひとたび考えはじめると、あれこれ妄想が膨らんだ。旅人はその衝動を抑えきれず、宿の主に悟られないよう、忍び足で宿をあとにした。すっぽりと頭巾を被ったまま。

 旅人は絶句した。なぜなら、そこには地獄絵図が広がっていたからだ。

 頭巾を被るという行為はすなわち、汚いものに蓋(ふた)をすること。旅人の目に飛び込んできたのは、村人たちが繰り広げる犯罪行為。暴力、窃盗、陵辱などの数々。宿の中には聞こえてこなかった怒声や悲鳴が村を覆い尽くしていた。

 商店に押し入り物を盗む者。公共物を破壊する者。意味なく人を殴りつける者。路上に押し倒し強姦(ごうかん)する者。

 そして、男女の色情(しきじょう)も乱れていた。雑貨屋の店主と、喫茶店の娘が草むらで抱き合い、行為に耽(ふけ)っている。

 旅人は身動きすらできず、その場に立ち尽くした。やがて、胃の中から逆流してくるものを感じ、慌てて口を塞(ふさ)ぐ。身に危険を感じた旅人は、逃げ去るように宿へと帰還した。

 信じがたいのは、それだけじゃない。凄惨(せいさん)な悪事を働いた村人たちは、次の日、互いに顔を合わせると、何事もなかったかのように穏やかに生活しているのだ。

 殴り合った者たちが笑顔で雑談する。売り物を盗まれた店主が、犯人と思(おぼ)しき者と談笑する。クラスメイトから陵辱を受けた女子は、表情ひとつ変えずに登校する。

 最初はその光景に強烈な違和感を覚えたが、数週間もすると次第に慣れはじめた。

 人間にはキレイな面もあれば汚れた部分もある。対外的には外面(そとづら)だけで付き合っているが、仮面を剥(は)げばまるで別人。誰しもケダモノのような一面を持っているだろうし、それを解放できることは、人間にとっていいことなのかもしれない。

 そんな哲学めいた感情すらも芽生えてきた。そして、それは思考だけに留まらず、旅人の欲望にまで触手を伸ばした。

「よし。そろそろ日が沈む」

 窓の外に目をやった旅人は、意を決したように呟いた。そして、頭巾を被る。

 旅人は宿から出ると、隣家の玄関を目指した。

 村人と同じように、自分も魂を解放したい。そう望んだ旅人は、手始めに窃盗から試してみることにした。

 隣家の玄関ドアを静かに開くと、そこには高そうな靴が並んでいる。高まる緊張感。汗ばむ手のひら。旅人は腰を屈め、そのうちの一足を掴んだ。

 ふと顔をあげると、毎朝挨拶を交わす仲の老婆と目が合った。罪悪感が押し寄せたが――俺は頭巾を被ってるんだぞ――という事実が、旅人の背中を押す。「ざまあみろ!」と、老婆に暴言を浴びせかけ、隣家を後にした。

 激しく乱れる呼吸をなんとか落ち着かせ、旅人は叫んだ。

「気持ちいい!」

 はじめての窃盗に味を占めた旅人は、盗んだり壊したりと、思いのままに悪事を働いた。

 もっと刺激的で過激な悪事を――乱れきった欲望はさらに肥大化し、歯止めが効かなくなっていった。

 そして旅人は、自身が抱く最も大きな欲望を満たすことに。村一番の美女とされる村長の妻を寝取るために、村長の邸宅に忍び込んだのだ。

 堂々と玄関の扉を開き、足音を鳴らしながら夫人のいる部屋を探す。寝室のベッドで横になりながらテレビを観る夫人を見つけると、よだれを垂らしながら飛びかかった。

 頭巾を被っているため、愉悦(ゆえつ)に溺れる夫人の表情は拝めないが、その体はあまりにも美しく、旅人の肉欲を掻(か)き立てた。

 脳みそが蕩(とろ)けるような快感を味わいながら、時間を忘れて村長の妻を抱き続ける旅人。果ててはまた覆い被さりを繰り返す。

 そして、もう一戦交(まじ)えようとしたその時、旅人の耳元で銃を構える音がした。

「おい!」

 野太い男の声に、旅人は思わず頭巾を脱ぎ、夫人の体から飛び退(の)いた。

 銃を握るのは、額に血管を浮かべた村長。そして、その銃口は紛れもなく旅人に向けられている。

「ひぃぃ、昼と夜の間は無法地帯なのでは?!」

「今、何時だと思う?」

 旅人は窓の外に広がる朝焼けを見た。

「我が村のルールでは、昼と夜の間は何をやっても構わんが、夜と朝の間の時間までには行為を終えねばならないという、絶対的なルールがある!」

「え?」

 銃を構えた村長の背後から、屈強な男たちが現れ、惨めな裸体のままの旅人を連れ去った。

「その後、旅人は罰としてその全身に、生涯消えないタトゥーを彫られた。もちろん諸説あるけれど、それがタトゥーの発祥と言う人も多いんだ」

 彫師(ほりし)の男の話に聞き入っていた若い女は、コクリと頷いた。

「その説によると、タトゥーは罰として体に刻まれるもの。それが原点なんだよ」

「そうなんだ……」女の顔が曇る。

「親からもらった大切な体。遠い未来で後悔して欲しくないから、施術希望者には必ずこの話をしてる。墨を入れるのを思い留まる人もいるし、より決意を固くする人もいる」

 優しく微笑みかける男。女は少し考えた末、「わたし、後悔なんてしないから、タトゥー彫ってください!」と、胸を張った。

「オッケー。わかった。じゃあ、カーテンの向こうの施術室にベッドがあるから、横になって待ってて」

 女は不安と期待が入り混じったような表情のまま、奥の施術室へと姿を消した。

「今日はちょっと熱(ねつ)っぽく語り過ぎちゃったかな」

 壁掛け時計に目をやる男。

「おっ、もうこんな時間か。そろそろ日が暮れるな」  男は施術室のほうに目をやると、机の下に隠してあった頭巾を手に取った。

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