おばあちゃんの霊感

「アンタなぁ、そんな男と付き合ったらアカンわぁ! やめときなさい!」
高齢者宅にお弁当を配るのが私の仕事。特に理由もなく始めた宅配弁当だけど、人生の大先輩たちとこうして話ができるのは楽しかった。なかでも、このおばあちゃんは別格だ。
「わたしは霊感があるからなぁ。アンタの彼氏に妙なモンが取り憑いてるのが見えてしまうのよ」と言い張るおばあちゃん。
付き合って2ヶ月になる彼氏の写真を見せたところ、彼の背後に良からぬモノが見えるらしく、別れを強く勧められた。
「別に普通の男性ですよ――」
「アカンアカン! アンタは霊感ないやろ? こういう霊が取り憑いてる人と付き合ったら、アンタも不幸になってしまうでぇ」
「そんなもんですかねぇ」苦笑いしてみる。
「霊感ある人の意見は聞いておきなさい!」
なんだかスッキリしないまま、おばあちゃん宅を後にしようとしたとき、背後から「ねぇ」と優しく同意を求めるおばあちゃんの声が聞こえた。

「言われてみると――そうかな?」
「ん? どしたの?」彼はキョトンとしている。
おばあちゃんからあれだけ強く言われてしまったものだから、こっちまでそんな気になってしまう。彼のことを――妙な目線で――見つめていると、さすがに彼も不思議がった。
「肩とか――重くない?」それとなく。
「最近、重いかも」と、彼。
「やっぱり! おばあちゃんの言った通りだ」
「おばあちゃん? ちょっと良くわかんないけど、やっぱりパソコン関係の仕事は肩が凝っちゃうよ」
それもそうだ。彼はIT関連の会社で働いているため、勤務中はずっとパソコンの前。それでなくても現代人の多くは、肩の凝りに悩まされているのかもしれない――おばあちゃんに乗せられちゃうところだった。

「あのおばあちゃんなぁ、若い頃にご主人を亡くしはってなぁ――」
そんな話を耳にしたのは、霊感を持つおばあちゃんの並びに住む、あるおじいさんの家にお弁当を届けに行った時だった。
「それ以来、『わたしには霊感があるんや』言うて回ってなぁ。実際のところは寂しかったんやと思うで。自分が霊感の持ち主やと信じ込むことで、身近にご主人を感じていられる。そう思たんちゃうかなぁ」左手の小指だけ長く伸ばした爪で、耳アカをほじくりながら、おじいさんは言う。
あの陽気なおばあちゃんに、そんな切ない過去があったなんて、まるで知らなかった。
「それはそうと、昨日のチンゲン菜のお浸し、あれは美味かったでぇ」
急に話題を変えたおじいさんに拍子抜けしながらも、「それは良かったです!」と笑顔で応え、おじいさん宅を後にした。

「おばあちゃんに霊感があるのって、ご主人さんが――」
聞いた話をつい口にしてしまう私の悪い癖が出てしまった。おばあちゃんにとって触れられたくない話だったとしたら、とんでもなく失礼なことを──と、心配した矢先、おばあちゃんがヌッと顔を近づけてきた。
「それ、誰から聞いたん? 並びのじじいやろ? あのじいさんなぁ、昔っから悪い霊に取り憑かれてるんよ。それでいつからか、ワケのわからんことばっかり言うようになってしもてなぁ。あんなじいさんの言うことなんか、信用したらアカンで」
むむむ。話が込み入ってきたなぁ。おじいさんの話には信ぴょう性があったけど、ここまで言われてしまうと、おばあちゃんのことだって信用したくなる。
「まぁ、わたしみたいなモンの意見を聞くかどうかは別として――とにかく、一生そばにおってくれる、優しい男の人と一緒になりなさいよ」
そんな言葉を投げかけられ、思わず胸が苦しくなった。ご主人を亡くしたおばあちゃんの気持ちは、どれほど寂しかっただろう。私には到底、想像もつかない。
「あっ、昨日のチンゲン菜、どうでした――」
感想だけ聞いて帰ろうと振り返ったとき、おばあちゃんが優しく微笑みながら「ねぇ」と誰かに同意を求めていた。その視線の先には、壁に掛けられた遺影。おばあちゃんに微笑みかける男性がそこには写っていた。
おばあちゃんは本当に霊感の持ち主なのか、それとも近所のおじいさんの言うことが正しいのか。それは私には分からない。ただ、おばあちゃんが今でもご主人のことを愛していることだけは確かみたいだ。

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