その正体はいったい?

あれは中学生の頃のある夏の記憶。猛暑が続き、おばあちゃんが体調不良で寝込んじゃったから、私が田舎に帰って看病してあげることになった。まさかそこで大切なものを奪われるなんて、思ってもみなかった。

「おばあちゃんのことは大好きなんだけど、おばあちゃん家(ち)、オンボロで怖いんだよなぁ。だって、オバケが出そうなんだもん」
ダダをこねる私。グダグダ言ってないで行ってきなさいと母親。気づけばローカル線の電車に揺られ、おばあちゃん家の前。インターフォンを鳴らす。
「おばあちゃん、来たよ!」
迎え入れてくれたおばあちゃんは、数年前に会ったときからそれほど変わってはいなかったけど、体調はたしかに良くなさそうだ。
「おじゃましまーす」
古民家特有の匂いが鼻を突く。上がり框(かまち)に乗せた足が、小気味よく軋(きし)んだ。

おばあちゃん家は、トイレもお風呂も離れにある。だから、夜はいたずらに怖い。でも、一番怖いのが寝るときだ。「明らかにコレ、オバケでるでしょ……」と言わんばかり。天井のシミも障子(しょうじ)の穴も床の間の掛け軸も、絶対に私を狙ってる! こんなの落ち着いて眠れるわけがない……。
と思っていた矢先。「ほら……」、畳の上をこする足の音。――これ、絶対に誰かいるって――部屋の中を怪しい空気が支配する。
あまりの恐怖に、掛け布団ですっぽりと顔を覆った。どうやら侵入者は、机の上のものや私のカバンの中をゴソゴソと物色している様子。布団の隙間から微かに伝わる音に震えていると、やがてその音はやみ、不気味な気配もなくなっていた。

「調べてみたけど、特に何か盗まれた形跡もなかったんだよね」
昨夜の出来事をおばあちゃんに報告する。
「それは座敷わらしの仕業(しわざ)かもしれんなぁ」と、おばあちゃん。
「えぇ?! やっぱりオバケが出るんだ?」
「座敷わらしはオバケじゃないよ。妖怪。よ、う、か、い」
私にとってはどっちも同じ。オバケだろうが妖怪だろうが、怖いものは怖い。あんな思いは二度としたくないなぁ――私の切実な願いも虚(むな)しく、座敷わらしはその夜も次の夜も私を悩ませた。
イタズラするわけでもなく、何かを盗むわけでもない。薄気味悪い気配を漂わせるばかり。ただ、次の朝目覚めると、どこか心にポッカリと穴があいたような感覚だけが残った。

おばあちゃんの体調も良くなり、次の日には田舎をあとにするという最後の夜。私はいつも通り、掛け布団にすっぽり。ただ、その夜だけは、どこか様子が違った。
膨らんだものから空気を抜いて萎(しぼ)ませるような音。何かを根っこから引きちぎるような音。その音が鳴り止むと、私の胸から何かが解(ほど)かれ、スルスルと離れていく気がした。
異変を感じ取った私は、反射的に掛け布団からチラッと顔を覗かせてみた。
「あっ!」
目の前には絣(かすり)の着物を着た少年……いや、座敷わらしの姿が!
腹の底から絶叫して追い払おうとした。すると、それを遮るように座敷わらしは言った。
「ゴメンなぁ。もらっていくよ」
彼の落ち着いた声とその言葉を聞くと、なぜか恐怖心がスッと消えた。
瞬きを繰り返し、目を凝らしてみると、彼の姿は残像だけを残し消えてしまった。ねっとりとした汗が全身にへばりつく。
「もらっていく……?」

そんな遠いひと夏の思い出――奇妙な記憶もすっかり忘れ去っていたある夜、私は再び彼と出会うことに。
就職が決まり都会に出て、すっかり余裕を失った日々。人間関係に疲れ果て、時間にばかり追われる毎日を過ごしている。女流作家になりたい――そんな私の夢も、いつしか葬(ほうむ)り去ってしまっていた。
なんのために生きてるんだろう……そんな疑問さえも脳裏をよぎる。あまりのストレスに、ひとりベッドの上で涙をこぼす夜も多かった。そんなある蒸し暑い夏の夜、いつか感じたあの怪しい気配。おばあちゃん家での記憶が鮮明に蘇(よみがえ)る。
「あっ!」
ふと視線を送ってみると、月明かりが人影を映し出していた。
目が慣れてくる。そこには見覚えのある絣の着物。身体が疲れ切っているせいか、不思議と恐怖を感じることはなく、むしろ懐かしさが私の身体を優しく包んだ。
「返しにきたよ」
あの日と同じように、彼は唐突に言葉を発した。
「えっ?」
「あの日、奪ってしまったキミの夢――返しにきたよ」モジモジしながら言った。
「小説家になりたかったんでしょ? いい夢じゃないか。もう一度、追ってみれば――」
「簡単に言わないで!」
相手が座敷わらしだということも忘れ、感情をぶつけてしまった。
彼はゴメンと、小さな声で謝った。
「ともかく、キミの夢はたしかに返したからね。もうボクは悪くないし、キミの前に姿を現すこともない。じゃあね」
あの日と同じく、瞬きをした次の瞬間、そこにはもう、彼の姿はなかった。

あの日から、心に余裕を持つことを心がけ、できるだけ時間を作るよう努力した。そして、あいた時間を見つけては、小説を書き進めてみることにした。
昔の女流作家に憧れる私は、パソコンを使うことなく、手書きで原稿用紙に物語を綴(つづ)る。非効率なのかもしれないが、その行為そのものが私に小説家(・・・)を感じさせ、夢に浸ることができた。
彼のおかげで夢を取り戻した。いや、そもそも彼のせいで夢を失ったんだっけ? 違う――きっと自分で自分の夢にフタをしてしまってたんだ。
「ありがとう。また夢を追いかけてみるよ」
ポツリと彼にお礼を言ってみた。
もう現れることはないと宣言した彼。いつかまた会いたいなと願う私。
でも、彼はきっとすぐ近くにいる。そして、私の夢を見守ってくれている気がする。
だって、執筆に疲れてそのまま眠ってしまった朝。ふと原稿用紙に目をやると、書きかけの文章が数文字だけ消しゴムで消されていたり、原稿用紙の隅に、ちょっとしたラクガキが書き込まれたりしていた。
それを見る度に私は彼に愛おしさを感じる。そして何よりこう思う。彼はやっぱりイタズラが大好きな――座敷わらしなんだなぁと。

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