吊り橋効果

吊り橋に来れば彼女との仲が深まると、壮大な勘違いをし、今現在、田中美月さんと吊り橋の上に立っている。高所恐怖症の僕は美月さんの服の袖を掴んだまま、足を震わせている。風で揺れる吊り橋。自分の足の振動で、不規則に揺れる吊り橋。これでほんとに、美月さんとの仲が深まるのだろうか!?

「なんで納期が遅れてんの? お前ら、ちゃんと仕事しろよなっ!」
僕らを怒鳴りつけるのは、大手住宅メーカーのPR担当マネージャー。圧倒的なスピード出世で、周囲に敵なし。僕たち出入り業者にとっては、恐怖を感じる存在だ。
「すみません。スケジュール管理が甘く──」
「謝って済む問題じゃないだろ! WEBサイトの公開が遅延したら責任取れんの? お客さんに謝って回ってくれんのか?」
僕の隣で頭を下げる美月さんに対し、容赦ない言葉が浴びせられる。何も言えずにモジモジする僕は、美月さんを倣うように深々と頭を下げた。机におでこをつけるほど深く。
広告代理店に勤める僕と、デザイン会社のディレクターである美月さん。大きなプロジェクトになると、複数の業者がタッグを組んで業務を遂行する。今回は僕と美月さんが窓口となり、プロジェクトを動かしている。
「とりあえず、ミスした分を取り戻せ。頭なんて下げてないで、さっさとオフィスに戻って対応しろ!」
凛とした声で「わかりました」と答える美月さん。実に頼もしい存在だ。
恐かったねぇ──とヒソヒソやりながらエレベーターに向かっていると、マネージャーから呼び止められた。田中さんは先に帰ってていいよ──のひと言に、居残り説教を覚悟していると、口元を緩めたマネージャーが僕に耳打ちした。
「吊り橋効果って知ってるだろ? 俺みたいにガミガミ言う人間を二人で相手してると、吊り橋効果で仲が深まるぜ。田中美月って魅力的な子じゃん。狙っちゃいなよ」
あれほど怒鳴っていたマネージャーが、イタズラ好きの子供みたいに見えた。マネージャーが言うことだ。きっと間違いない。

「息抜きに一緒に出かけませんか──なんて言うから、どこに連れてってくれるのかと思ったら、まさかの吊り橋ですか?」
「は、はぁ」
「まさか、絶叫してストレス発散でもしようって魂胆!?」
「いや、決してそういうわけでは……」
呆れて笑う美月さんを見ていると、なんだか自分が情けなくなってきた。橋の中央部でしゃがみ込み、身動きできない僕に、さらなる災難が襲う。
「ゲッ……マネージャーから電話だ」
美月さんは僕に電話に出るよう促す。
「はい、下條です」声が震えている。
「え!? 今すぐ対応ですか……今はちょっと対応が難しい状況でして──」
目の前にいない相手に、何度も会釈を繰り返す始末。と、その時だった。強烈な突風にあおられ、吊り橋が激しく揺れた。これにはさすがに恐怖を感じたのか、冷静だった美月さんが僕の身体にしがみついてきた。
「ひやぁ!」と、ひ弱な声をあげる僕を、電話の向こうのマネージャーが不審がる。吊り橋の恐怖とマネージャーの恐怖が同時に襲う。何やってるんだと尋ねられ、反射的に答えてしまった。
「すみませんっ! 今、吊り橋効果の真っ只中! 田中美月さんとの仲を深めている状況でございます!」
マネージャーはそれを聞いて爆笑。美月さんは「どういうことですか?」と困惑している。あまりの恥ずかしさに頭がパニックになった僕は、気づけば大声で叫んでいた。
「安心してくださいっ! プロジェクトは僕と美月さんとで絶対に成功させますので!」
それだけ言うと、反射的に電話を切ってしまった。折り返しの電話はこない。
風が止み、揺れが収まると、美月さんは安心した表情でゆっくりと立ち上がった。
「プロジェクト、成功させましょうねッ!」
手を差し出してくれた美月さん。冷や汗でベトベトの僕の手がその手に触れる。気づけば一分近く手をつないでいた。お互い我に返り、慌ててその手を離す。
これから美月さんとの仲がどうなっていくのかは分からないけれど、ひとまず吊り橋効果は大成功。あとはプロジェクトを成功に導くだけ。少し勇気が湧いてきた。
帰りの道中、スマートフォンの充電がなくなり、地図アプリが見られなくなるというハプニングが発生。迷子の二人は必死になって帰り道を探した。それにより、さらに美月さんとの仲が深まったように思う。果たして、オマケのこれは、何効果と名付けようか。

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