血染めのコンパ

藤堂明香は苛立っていた。男の趣味が絶対に合わないと思っていたから佳代に声をかけたのに、「雅春くんの一択だわ」なんて言いやがる。男の取り合いをするために、この合コンを開いたわけじゃない。それなのに──。

「そろそろ席替えしない? 男3人、女3人が向かい合って座ってても、距離が縮まらないっしょ?」雅春はそう提案する。
「いいねいいね! じゃあわたし、そっちに行こう」声を弾ませる佳代。明香は嫌悪感たっぷりに睨みつけると、「私もそっち行くー」と手を挙げた。
雅春以外の男2人が腰を上げ、明香と佳代も立ち上がる。奪う気満々だとアピールするように、ふたりは雅春に寄り添った。
そんな明香の執念を受け流すかのように、「あっ、名前なんだっけ?」雅春は目の前の女に声をかける。
「紀子です」
陰気なトーンで名乗る女。合コンの序盤で全員が自己紹介しているにも関わらず、既に名前を忘れられるほど影の薄い女。本来なら、そこには明香の友達が来る予定だったのだが、急用のため参加できなくなった。友達が口を利いてくれ、埋め合わせで現れた紀子。明香とも佳代とも面識はない。
「紀子ちゃん、実業家の男ふたりに囲まれて、悪い気はしないんじゃない?」雅春は続ける。「ですね」無表情のまま答える紀子。
明香にとっては、この実業家との合コンが勝負だった。来月で30を迎える明香。結婚を見据えた恋愛、そして玉の輿(こし)に乗る最後のチャンスだと息巻いていた。佳代を蹴落としてでも雅春を落としたい。初対面の紀子なんか気にする余裕もなかった。
「グラス空いてるけど、何か飲む?」またしても、雅春は紀子に声をかけた。
つい数分前、トイレで佳代に宣戦布告したばかり。今日は本気で雅春を取り合うって。それなのに当の本人は紀子に気を取られてばかり。
「せっかく席替えしたんだし、横並びで話しようよぉ」
精一杯の甘い声を出しながら、明香は雅春の顎ひげについたソースを指で拭った。

両隣の女たち、正直鬱陶しいな──真田雅春は心の中で呟いた。
――自己主張の強い女は苦手だ。奴隷のように俺に尽くしてくれる女がタイプなんだよな。それに比べて、紀子ちゃんはおとなしいし、俺が何やっても文句言わなそう──そして何より初対面とは思えない何かを、紀子から感じ取っていた。
「お前ら、紀子ちゃんの取り合いだけはするなよ!」
目の前の男ふたりを茶化すように指差す。両隣の女たちに笑いかけると、どちらも紀子を睨みつけていた。全くバカな女どもだ──雅春はあからさまに嘲笑してみせた。
さっさと合コンを終わらせて、紀子とどこかへ消えようか。それとも、今晩は紀子の連絡先だけを聞いておき、明香か佳代のどちらかと一夜を過ごすか。身体の関係くらいだったら悪くない。どうやら俺のことを取り合ってるみたいだし──うまく声をかければ、ふたりともフラフラついて来るんじゃないかと、ベッドの上での妄想を膨らませた。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
雅春が立ち上がると、「寂しいから早く帰ってきてねぇ」と、甘ったるい声。飢えた動物にエサを与えるように、両手でふたりの頭を撫でた。

「わたしも」
花園紀子がボソッと呟き、座布団から腰を上げ立ち上がる。妙に俊敏なその動きに、両サイドの男は目を丸くし、紀子を見上げている。
高級焼き鳥店の個室のドアを開け、紀子は廊下へと出た。飛び石が不規則に並ぶ廊下の突き当りにトイレはある。紀子は前方を見つめながら、ゆっくりと前進する。すると、トイレの扉が開かれ、中から雅春が姿を現した。
「あれ、紀子ちゃんもトイレ?」
「まぁ……」
「あのさぁ」雅春が切り出す。
「実は俺、紀子ちゃんのことがめっちゃ気になってて――良かったら連絡先、交換しない?」
「今日はそういう目的で来たんじゃないんで」紀子は言う。
「ん? どゆこと?」
「今日は、仇(かたき)を取りに来たんで」
紀子は静かに吐き捨てると、カバンの中からナイフを取り出した。
「は? ちょっと待てよ!」慌てふためく雅春に、紀子は言い放った。
「わたしの妹を弄んだ悪魔。アンタに無茶苦茶にされた挙げ句、捨てられた妹は死を選んだ。悪いけど、アンタには死んでもらう」
憎悪を込めて握りしめたナイフを、雅春の腹に突き刺した。死ね――と呟きながら、何度もナイフをめり込ませる。激痛を味わっているだろう雅春の叫びは、声にもならない。
意識を失った様子の雅春は、紀子に身体を預けるように倒れ込む。ヒラリとそれをかわすと、雅春の身体は衝撃音とともに廊下に崩れ落ちた。
ざまあみろ――口元だけを動かしながら、怨念を浴びせかける。紀子は血にまみれたナイフをカバンにしまい込んだ。

ドアを開け、紀子が個室へと戻る。雅春が戻ったと勘違いしたのだろう、ヘラヘラとした視線が送られた。肩で息をする紀子の様子に、全員が困惑の表情を浮かべている。
「アンタたち、アイツのこと、取り合いしてたんでしょ?」
紀子がふたりの女を指差す。冷徹な迫力に気圧(けお)されたのか、明香と佳代は反射的に頷いた。
「だったら、わたしの勝ちだね」
紀子は血まみれのナイフをテーブルの上に放り投げた。
事態を察知した男たちは雅春の名を叫びながら飛び出して行き、甲高い悲鳴を上げる女たちは、逃げ惑うように個室から出て行った。
ひとり残された紀子はため息をつきながら座布団に坐る。テーブルに運ばれたまま取り合いにもならず、手つかずのままのポテトフライを1本つまみ、添えられたケチャップとナイフの血を交互に眺めてみた。

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