真夜中の訪問者たち

木崎は真っ暗な部屋の中、家族で楽しく暮らした日々を思い返した。
「はぁ……あの頃に戻りたい」
切迫した状況とは裏腹に、木崎の目からはユルユルと涙がこぼれ落ちた。
若くして起ち上げた会社はしばらくして軌道に乗り、贅沢とは言えないまでも安定した生活を送れるようになった。同郷の幼馴染と晴れて結婚し、二人の子供も授かった。周囲からは木崎の暮らしを羨む声も聞こえたが、がむしゃらになって仕事を頑張った結果だから当然だと思っていた。
「金がねぇ……」ポツリとこぼした。
ある企業との取引がきっかけで詐欺に遭い、多額の金を奪われ、そのまま会社は倒産。莫大な借金を抱え、借金取りに追われる始末。挙げ句の果てには、妻と子供にも逃げられ孤独の身に。不運な人生を自ら憐れみながら、寝室のベランダを開けたときだった。玄関から聞こえるかすかな物音。振り返る木崎の目に飛び込んできたのは、玄関から忍び込む人影だった。
ベランダの外に片足を投げ出していた木崎は、音を立てず足を引っ込めると、カーテンに身を潜め様子を伺った。心臓がバクバクと音を立てている。こんな時間に借金取りが姿を見せるはずがない。もしも借金取りだったとしたら──殺されるんじゃないかという恐怖が木崎を襲い、こめかみを汗が伝った。
人影は忍び足でリビングにやってくると、引き出しやクローゼットを慎重に開けながら、中を物色しはじめた。木崎は勘づいた──これは借金取りじゃない。泥棒だ!
「おいっ!」
カーテンから飛び出し、木崎は叫んだ。すると、「きゃぁッ」という女の悲鳴が耳に飛び込んできた。
月明かりを頼りに手探りでシーリングライトのリモコンを探す。電源をつけると、そこには木崎と同じ年くらいの美女が立っていた。
「お前、何やってんだ?!」
「何? 何って、泥棒に決まってるでしょ」
木崎は目を丸くした。これほど堂々と身分を明かす泥棒なんて聞いたことがない。
「泥棒ですって言われて──はい、そうですかっ──てなるわけないだろ!」
女はバカにしたように鼻を鳴らした。
「残念ながらこの家には金はないぜ。いくら物色しても無駄だよ。一円足りともない」
「そんなわけないでしょ。せっかく侵入したからには、何かもらって帰るから」
木崎は笑いながら、「俺が今、何をしようとしてたか分かるか?」と、ベランダを指差した。「さぁね」と相手にしない女に、「夜逃げだよっ!」と叫んだ。鬼気迫るその声に、女の身体はビクッと反応した。
「俺は世界中の不幸を背負った男なんだ。詐欺に遭い、会社も倒産し、妻にも子供にも逃げられた。今の俺には何もない。さぁ、物色しろよ! 何を奪って行ったっていい。好きにしろ!」
女は同情した様子でポツリと言った。
「なんか分かんないけど、アンタ、切羽詰まってるみたいだね」

木崎は自分の行動をおかしく思った。泥棒を名乗る女をリビングのテーブルに座らせ、女のためにコーヒーを入れている。
「砂糖とミルクは?」
「ブラックでいいよ」女は答える。
女の前に湯気の立ったマグカップを置くと、木崎は向かい合うようにして腰掛けた。
「借金取りから逃げるしかなくて、ベランダから夜逃げしようとしてたんだ……」
「泥棒としては、しょうもない家に忍び込んじゃったってわけね」
「しょうもないとか言うなよ──まぁ実際、しょうもない人生だけど」木崎は頭を掻いた。
「名前──聞いてもいいかな? あっ、教えてくれるわけないか。泥棒だもんなぁ」
「アスカ。別に名乗っても問題ないでしょ。どうせアンタ、夜逃げしちゃうわけだし」
そう言うとアスカは、猫舌なのか、何度もマグカップの中に息を吹き込みながら、コーヒーを啜った。
「アスカさんはなんでまた──泥棒なんか? すごく美人だし、そんな悪事に手を染めなくても──」
「アンタと似たようなもんだよ。男に騙されたんだ。結婚詐欺に遭って、オマケに借金まで被っちゃって。似たもの同士だね」
「へぇぇ」木崎は間抜けな声を漏らした。
「生きてくのもバカらしくなったし、コツコツ貯めたお金もなくなっちゃったから。どうせなら腹いせに、金を持ってそうなヤツを困らせてやろうって」
「で、この家に?」
「そう」
「夜逃げ真っ只中の家に?」
「泥棒のセンスがないのかもね」
二人は思わず吹き出した。木崎は久しぶりに声を出して笑っている自分に気づいた。
「警察に通報したっていいんだよ。生きてる意味なんてないし、捕まってもどうってことないから」
「いや。それはしない。アスカさんを警察に突き出したからって、俺に何のメリットもないからさぁ。それにこうして──」
優しい声で語る木崎を遮るように、玄関で激しい物音がした。同時に振り向く二人。するとそこには、目を疑う光景が。
「すまない。かくまってくれないか!」
叫びながら土足のまま家に侵入してきたのは、スキンヘッドの頭に白いスーツ。左肩に黒いボストンバッグを提げ、右手にはピストルを持った男。スキンヘッドの風貌が威圧感を醸し出しているが、おそらく木崎と同じくらいの年齢だろう。木崎とアスカは思わず立ち上がり、身構えた。
「ちょ、ちょっと、いきなり何ですか?」木崎の声がうわずる。
「悪い。さすがにピストルは物騒だったな。組織から逃げてきて──ちょっとだけかくまって欲しいんだ」
「まったく事情が飲み込めないね。やむを得ない事情があるなら話は別だけど」アスカが応える。
「アスカさん! ここ俺の家だぜ? こいつを受け入れるかどうかは俺が決めるって」
「どうせ夜逃げするんでしょ? だったらもう、アンタの家じゃないじゃん」木崎は──たしかに──と納得した。
「オネエちゃんがいいって言ってくれてるし、ちょっと落ち着かせてもらうよ」
男はテーブルの上にボストンバッグを置き、その脇にピストルを寝かせた。わずかにジッパーが開いたバッグの中から、大量の札束が顔を覗かせた。
「金!?」木崎が叫ぶ。
「声がデケぇよ!」男が制する。
「中には五千万入ってる」
「ご、ごせん!?」木崎とアスカは声を揃えた。
「ある企業にウチの組織が詐欺を仕掛けて、大量の金をふんだくったんだ。確か、株式会社キザキとか言ったっけなぁ──組織を抜けて悠々自適に生きたくなった俺はその金を盗んで──」
気づけば木崎はピストルを掴んでいた。震える手はしっかりとピストルを握り、銃口は男の額に向けられている。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「俺の名前を教えてやろうか? 木崎だよ。お前らが会社も人生も無茶苦茶にした相手が、この俺だよ!」
「まさか?!」男は降参したと言いたげに、ゆっくりと両手を頭上にあげた。
「この家に踏み込んだのが運の尽きだな。お前を殺してやる。俺は全てを失ったんだ。俺の人生なんてもうどうだっていい。お前を殺して俺も死んでやる!」
興奮する木崎の隙を突いて咄嗟に身をかわすと、男は木崎の手首を鷲掴みにした。
「離せよ!」
腕を左右に振り、男の手を振り払おうとするが、男の力は強かった。敵わないと思った。けれど、人生を狂わされた全ての恨み辛みが木崎の背中を強く押す。男の手を振りほどいた瞬間、ピストルはキッチンのほうへと飛んで行った。
「クソッ! 殴り殺してやる!」
木崎は倒れ込んだ男の身体に馬乗りになり、殴りかかろうとした。男は木崎の両腕を掴み、殴る木崎を制する。もみ合いになりながら形勢は逆転。次は男が馬乗りに。男は容赦なく木崎を殴りつける。
「俺の会社返せよ! 俺の金返せよ! 俺の妻と子供返せよ! 俺の人生を返せよ!」殴られながらも木崎は狂ったように吠えた。
男の殴る手がピタッと止まり、「悪かったよ」と言いながら、木崎の横に倒れ込んだ。
仰向けのまま呼吸を整える二人。やがて男は立ち上がると、木崎の手を取り、身体を起こした。アスカのことが気になり、テーブルに目をやる。すると、そこにいるはずの彼女の姿がなかった。しかも、テーブルの上に置かれた黒いバッグも消えていた。
「金がないっ!」
男たちは声を揃えて叫んだ。
二人はフラついた足取りでテーブルに駆け寄る。どこを見渡しても、アスカの姿がない。ふと、テーブルの上に一枚の紙切れが置かれているのに気づく。

『楽しい夜をありがとう! 借金はしっかりと回収させてもらったよ。飛鳥(あすか)債権回収株式会社 回収担当より』

それを見た男は「クソが!」と吐き捨てた。キッチンに向かい、落ちていたピストルを拾い上げると、その足でこの家を後にした。
誰もいなくなったリビング。テーブルの上にはマグカップがふたつ。ようやく状況を理解した木崎は、「めでたく借金がなくなりましたぁ」と能天気に呟いた。頬が少し緩む。金がない状況には変わりがないけれど、借金がなくなったことで生きる希望が少しだけ見えてきた。
開けっ放しになっているベランダを閉めようと、椅子から立ち上がった瞬間、玄関のインターフォンが鳴り響いた。
「もう何が起こっても動じないぜ。さぁ、次はどちらさんのご訪問ですかー?」

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