下着泥棒

スマートフォンを片手に、写真共有アプリを眺める。そっかぁ。可奈子って海外旅行中なんだ。超美味しそうなイタリアン。歴史的な建物。現地の爽やかな男たちと肩を組む可奈子のピースサインを眺めながら、チャイティーのカップを口に運ぶ。
「きたっ」
優香は瞬時に反応した。予想はしていたものの、緊張で心臓の鼓動が早くなる。ベランダに怪しい人影。不自然に揺れる洗濯物。こう何度も盗まれちゃ、下着代だけでもバカにならない。海外旅行を満喫する可奈子の笑顔が頭に浮かび、妬みが優香の背中を押した。
ソファーから立ち上がり、小声で警察に電話をかけながらベランダに近づく。思い切ってカーテンを開けてみると、そこにはニット帽で顔面を覆い隠した犯人が、優香の下着を手に立っていた。腹が立った優香はベランダの窓を勢いよく開け、言い放った。
「残念でした! アンタは赤いレースの下着を干したときに必ず現れる。だから、わざと干しておいたの。行動パターンは読めてるんだからね。警察にも通報させてもらいました。こっちの思う壺だから!」

ベランダの窓が急に開いたときにはビクッとしたけれど、女の登場に倉木はそれほど焦らなかった。なぜなら倉木には勝算があった。
目の前の女はヒステリーを起こしたように叫んでいる。まぁ、緊張と恐怖が入り混じった結果だろう。仕方がない。下着泥棒と対峙して、正気でいられる若い女なんているはずもない。でも、安心しろ。倉木は顔面を覆っているニット帽を剥いだ。
倉木の顔を見て目を丸くする女。理由は簡単だ。倉木の顔がイケメン過ぎたからだ。
「ごめん。つい出来心で──」
さっきまでの勢いを完全に失い、黙ったままの女は「出来心って言っても、何度も──」と力なく反論した。
「そうだね。ごめん」
「あっ、いや。別にいいんだけど」
ふっ。思う壺だ。
その整った顔のおかげで、周囲は倉木を特別扱いしてきた。それは幼少の頃から今も変わらない。特に恋愛においては苦労したことなど一度もなかった。むしろ、女からの告白を断り続けるのに苦労したくらいだ。
「入っていい?」
「うん。どうぞ」
下着泥棒のくせに彼氏ヅラしている自分を客観視し、口元が軽くゆるんだ。
女はほんとにイケメンに弱い。並の俳優なんかより遥かに整った顔を持つ倉木ほどになれば尚更だ。
「お茶、飲む?」
ほら。こんな感じだ。こんなにも心のセキュリティが脆弱じゃ、男の俺でも心配になるよ、と倉木は女の顔を眺めた。
お茶を運んできた女は、倉木の隣に腰掛けた。目がトロンとしてる。こういうタイプの女は特別いい男に弱い。女友達が充実した人生を送っているのを見るだけでも嫉妬したり妬んだり。きっとそういうタイプだろう。
勝利を確信した倉木は、黙ったまま女の肩に腕を回した。

優香は絶対にまだ俺に惚れてる。山村は揺るぎない自信を持っていた。確かに山村の浮気が原因で破綻した優香との恋愛。彼女のことを深く傷つけたのは間違いない。でも、最後の別れ際ですら、優香は留まって欲しそうにしていた。潤んだあの目が忘れられない。
こうしてサプライズで戻ってきてやったら、優香は絶対に喜ぶ。そして、自分の元に戻ってくる。惚れたモン負け。惚れさせたモン勝ち。思う壺だ。
部屋の前に立つと、中から声が漏れてきた。ドアに耳を当ててみる。優香の声とは別に、男の声も聞こえてくる。
「まさか──」
彼女の性格からすれば、まだ心変わりなどするはずがない。他の男と付き合うなんてあり得ない。もし優香の隣に男がいたとしても追い出してやる。
山村はカバンから合鍵を取り出しドアを開けると、迷うことなくリビングに向かった。
「なぁ! 優香! 俺とやり直して欲しい」
そこまで言うと山村は黙った。俳優のようなイケメンとソファーでくつろぐ優香。
「見ればわかるでしょ。アンタの居場所なんてもうないよ。出てって、裏切りモノ!」
優香の声が突き刺さる。
山村の背後で音がした。振り向くと、そこには二人の警官が立っていた。
「下着泥棒はどちらに?」
優香を振り返ると、まるで裁きを与えるように、山村に向けて人差し指を突き出していた。

GuX^ V[gV[giJ