墓駅

「あっ」
田崎の乗車する急行列車が通過するM駅のホーム。今朝も虚ろな表情で電車を待つあの女性。流れる景色の中に一瞬だけ現れるその姿は、田崎の印象に強く刷り込まれていた。
地方の営業所に異動になった田崎は、都会の通勤ラッシュと無縁になれたことでホッとしていた。もちろん、出世の道は閉ざされてしまったけれど、のんびりしたこの毎日を気に入ってもいた。通勤に利用する乗客が大半のこの急行列車も、それほど混むことはなく、車窓の景色を眺める余裕すらあった。本部に勤務していた頃じゃ考えられないことだ。
一年ほど前にこの町に移り住み、初めて乗車したこの電車。彼女の姿を目にしたあの日から、ずっと彼女のことが気になっていた。誰ひとり電車を待つことのないあの駅のホームに立つ彼女の姿。それはどこか儚く、脳裏から離れなかった。ただ、聞くところによると、あの駅を利用する人はたいてい──。

田崎はイケナイことだと知りつつも、彼女が毎朝どこを訪れているのか突き止めたくて、その日、会社に有給届けを出した。
M駅のホームの隅にひっそりと設置された木製のベンチに座り、彼女が下車するのを待つ。毎朝、この町で何かしら用を済ませ、帰りの電車を待つためにホームに立っているんじゃないかと踏んだからだ。田崎の予想は見事に的中。乗客がまばらな各駅停車から彼女は降りてきた。その表情はいつもと変わらず、どこか沈鬱さを漂わせていた。
彼女を待つ間も、誰ひとり乗客がこない寂れた駅。文庫本に読み耽る素振りをしながら、横目で彼女の姿を追う。彼女からの距離は数十メートルといったところ。特に後ろを気にする気配のない彼女。田崎はベンチから立ち上がり彼女の後を追った。まるで探偵かストーカーみたいだな──そう思いながらも、少し歩調を速める。
駅から数分ほど歩いたとき、「やっぱりな」と、田崎は小さく呟いた。電車から降りてきた彼女が手にしていた一対の花を見た瞬間に、それは確信に変わっていた。この駅の近くには小さな寺があり、合祀納骨をする人がいると耳にしたことがある。寺に入った彼女は、そのまま墓地へと姿を消した。さすがにそこまで尾けて行くのは──田崎は電柱の影に身を潜めながら、タバコに火をつけた。
スマートフォンを片手にニュース記事を眺めていると、寺から出てくる彼女の姿が視界の隅に入った。田崎は迷った。ここに立っていると不審者みたいだし、彼女に背を見せながら先を歩くのもなんだか怪しい。決断できずにソワソワしていると、彼女の姿はすぐそこに。足元に視線を落とす田崎の前まで来ると彼女は立ち止まり、「どうして後を尾けてきたのでしょうか?」と、田崎を問い詰めた。背中に冷や汗が走るのを感じた。
「あっ、それは、あの──」激しく狼狽し、言葉が詰まる。
あのホームに立つ彼女を見た日から、田崎は彼女に好意を寄せていた。まるで残像のようなその存在に、憧れすらも抱いていた。彼女に嫌われたくないという一心から、愛の告白をするかのようにすべてを伝えた。

「そうなんですね……」田崎は息を漏らす。
駅まで向かう途中にある喫茶店。窓側の席にふたり。石橋と名乗る彼女の話に、田崎は耳を傾けていた。
どうやら彼女は夫に先立たれたらしい。金銭的に墓を建てる余裕もなかったため、あの寺の合同墓に納骨したそうだ。毎朝、欠かさず墓参りに訪れ、その帰りに各駅停車が止まるのを待っていた。遠い日々を回想するように語る彼女の透明感に、田崎の心は完全に奪われていた。

あのホームに立つ彼女の姿を見ることは、今ではもうなくなった。田崎にとってそれは、悲しいことでも寂しいことでもない。なぜならこうして今、電車の緩やかな揺れに誘われ、田崎の肩に寄りかかりながらウトウトと眠る彼女が隣にいる。こんな幸せな日々が訪れるなんて想像もしなかった。あの日、あの駅で彼女を追いかけた時間を噛み締めながら、彼女のいないホームを車窓から眺めた。

石橋由紀子は各駅停車の電車から降りると、しばらくそこに佇んだ。このホームに立つのは三ヶ月ぶりくらい。物思いに耽っていると、急行列車がやってきた。轟音をうならせながら、風とともに目の前を通過する。
また車窓から誰か、こっちを眺めているのだろうか──石橋由紀子は思った。墓地に献花する二対の花を手にしながら。

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