終わらない絞殺

それは、あっけなく終わった。俺に罪はない。気持ちがヨソに向いている俺に気づかず、つきまとい続けた玲奈のせいだ。自業自得ってやつ。俺は悪くない。目玉をひん剥いたその顔は、何かに怯える老婆のように見えた。
クリスマスにプレゼントしたモノクロの格子柄マフラー。それを凶器にして絞殺されるなんて、玲奈は考えもしなかっただろう。殺意から解放された俺の腕が、今も小刻みに震えている。
アドレナリンにどっぷり犯された思考じゃ、死体をどう処理するかなんて思いつかなかった。ニュース番組で報道されるのだろうか。しれっと警察に捕まるのだろうか。まぁ、いいや。後で考えよう。俺はシティホテルの部屋を後にした。玲奈の死体と別れ話を残したまま。

「玲奈か?!」
出勤途中の電車の中。隣で吊り革を持つ女の巻くマフラーが、玲奈にあげたものと同じだったので、思わず上ずった声がでた。女は怪訝な顔で俺を一瞥した。
似たようなマフラーを巻いている女が思った以上に多い。街で見かけるたびに吐き気を催す。流行りモノのマフラーをプレゼントしたことを後悔した。
俺がそれに怯えるようになったのは、玲奈を殺してしまったからじゃない。あの日から世界が何も変わらなかったからだ。報道されるわけでもなく、警察がやって来るわけでもない。玲奈の死なんてなかったかのように、日々が過ぎていった。だから俺はこう思うようになった。
──玲奈はまだ生きているんじゃないか?

「今夜のホテルは、私が取ってあげてるから」
玲奈を切り捨てて俺が選んだ女。交際は順調だ。値の張ったイタリアンで腹ごしらえしたあと、二人でホテルに向かう。タクシーを降りた瞬間、俺は愕然とした。
「なんでここのホテルなんだよ!?」
「えっ? ダメだった?」
「余計なことしやがって……」
そこは俺が玲奈を殺したシティホテル。よりによってなんでこのホテルなんだ。さらに最悪なことに、女が押さえた部屋が、偶然にもあの日と同じだったということ。俺は運命を呪い殺したくなった。今夜は何もせず寝入ってしまおう。そう心に決め、忌まわしいあの部屋に足を踏み入れる。
大窓から見下ろす都内の夜景に女は上機嫌だ。女なら誰だってそうなるだろう。あの日の玲奈もそうだった。数時間後に絞殺されるとも知らず、無邪気に夜景を眺めていた。
スーツを掛けようとハンガーを手にしたとき、部屋の電話が鳴った。受話器からはフロントスタッフの声。どうやらロビーで何かを落としてしまったようだ。部屋まで持ってきてくれるらしい。
スタッフの到着を知らせるインターホン。ドアを開けると、スタッフの手には格子柄のマフラーが握られていた。
「こちら、お客様の落とし物では──」
「違うに決まってるだろ!」
反射的に怒鳴ってしまった。激しく動揺したせいで呼吸が乱れ、息が荒くなる。わけも分からず怒鳴られたスタッフは、ひたすらに謝罪を繰り返している。それにしても、なぜ格子柄のマフラーがここにあるんだ? 怒声に気づいた女が心配そうに近づいてくる。
「おい! 用事ができたから今日は帰るぞ!」と女に叫んだ。
スタッフは頭をさらに深く下げ謝罪する。別にアンタのせいじゃないよ──罪悪感に気づいてはいるが、もう後には引けない。
「二度と来るか、こんなホテル!」
吐き捨てた俺は女の腕を強引に引き寄せ、そのままホテルを後にした。

「玲奈! おつまみ、まだか?」
キッチンから玲奈の返事が聞こえる。
「シティホテルを出たあと、俺は勢いのまま、その女と別れたんだ。笑えるだろ?」
「いやいや、笑えないねぇ。そもそも、玲奈ちゃんがこうして今、キッチンに立ってるのが信じられないよ」
今日は同僚の長谷川を自宅に招いた。二人のプロジェクトが成功に終わり、祝杯をあげたくなったからだ。
「驚くのはまだ早いぜ。その後、俺は玲奈を五回も殺すことになる」
「五回?! 嘘だろ?」
話が進むにつれて、同僚のリアクションも大きくなる。酒が回ってきたせいもあるだろう。
「冗談なんかじゃないんだよ。それから数日後、俺のマンションのインターホンが鳴って、出てみるとそこに玲奈が立ってたんだ。死ぬほど怖くなっちゃってさぁ。そのまま部屋に連れ込んで、人生で二度目の殺人。殺さなきゃ殺されると思ったからね……。それからあと四回、玲奈は俺の前に姿を現しては、その度に俺に殺されることになる」
俺はマフラーで首を締める素振りをした。あまりにも信憑性のない話に、真実を語る俺ですら少し笑えてきた。
「玲奈ちゃんは、不死身なのかよ」
「それか、お化けかどっちかだな」
玲奈がトレイにおつまみを乗っけて運んできた。俺と同僚は玲奈の足元を見て、大袈裟に笑う。
「ちゃんと足はありますッ!」
同僚はふくれっ面した玲奈の機嫌を取るように、「冗談冗談」と言いながら頭を下げた。
「そうやって何度も玲奈を殺すうちにさぁ──まぁ、殺すうちにって言うのも変な話だけど──やっぱり自分には玲奈しかしないって思うようになったんだよね」
「なるほどねぇ──なんて言えるわけないだろ。リアリティがなさすぎて、とてもじゃないけど信じられないな。お互い今日は飲み過ぎた。怪談話でもファンタジーでも何でもアリだ」
「飲み過ぎたなんて、らしくないな。過去の武勇伝が泣くぞ? とことん飲もうぜ、今日は!」

長谷川は目を覚ました。ここはどこだ? 暗闇で目をこする。そうだ、同僚の自宅に招かれ、しこたま酒を飲んだんだ。口内に残ったアルコールの不快さが、それを思い出させた。どうやら泥酔してソファで眠ってしまったらしい。ちゃんと毛布もかけてくれてある。
そういやバカみたいな作り話を聞かされたもんだと、昨夜の会話の内容を思い出す。何度絞殺しても死なない人間なんているわけがない。尿意を感じた長谷川はゆっくりと起き上がり、手探りでトイレを目指した。
──でも、もし、ほんとだったら?
長谷川の好奇心がくすぐられた。それは──同僚の妻を絞殺してみる──ということ。
抑えられない興奮が全身を刺激し、尿意すらも忘れた長谷川は、夫婦が眠る寝室へと忍び込んだ。
──これが例のマフラーか?
間接照明が灯されたままの寝室。二人の寝息が聞こえる。ポールハンガーに賭けられたマフラーを手に取ると、両手でそれを左右に引っ張った。
好奇心の対象(ターゲット)の上にまたがり、ゆっくりとマフラーを首に回す。そして、絞殺を楽しむように、ゆっくりと捻じりあげた。気道が完全に塞がれたのだろう、微かなうめき声が聞こえた。間接照明に照らされた顔面には、ひん剥いた白目が浮かび上がっていた。

それから数日後、ニュース番組である事件が報道された。
同僚の妻をマフラーで絞殺した男。それに逆上した夫が同僚を撲殺。その後、夫は都内のシティホテルの一室で首を吊って自殺したという凄惨なニュースだった。その首には、妻の絞殺に使用されたモノクロの格子柄マフラーが巻かれていた。
ただ、不可解ことがあったそうだ。事件で使用されたマフラーと、検視のために病院に運ばれた妻の遺体が、忽然と姿を消したらしい。

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