じゃんけん

タケシはいつもポケットにジャラジャラと石を入れて持ち歩いていた。機嫌を損ねると、友達だろうが建物だろうが容赦なくそれを投げつけた。おじいちゃんから聞かされた学生運動に参加したときの武勇伝。感化されたタケシは、真似するように石を投げつけた。
「おい! じゃんけんしようぜ!」
「ヤだよ──」
「じゃーんけーん──ホイッ」
タケシはグーを出し、子分のヒサシはパーを出した。するとタケシは拳を石のように固くし、ヒサシの頭を殴りつけた。
「グーが最強なんだよ!」
痛みをこらえながら嗚咽するヒサシ。それを見て豪快に笑うタケシ。そんな悪童をクラスのみんなは恐れていた。

「アタシ、頭のいい人と結婚したいな」
机の上に両足を放り投げ、自席で漫画に読み耽るタケシの耳に、女子の会話が飛び込んできた。会話の主はアキコだ。
「おいアキコ! 頭のいい奴なんてやめとけよ。弱っちくてケンカに負けちまうぜ」
「乱暴なヤツとか最低だから」
アキコは鋭い目でタケシを睨む。タケシは変顔を見せたまま、漫画で顔を隠した。

「アンタ、最近どうしたのよ?」
母がタケシに声をかける。
「うるせぇ!」
タケシは拳で机を叩きつけた。
あの日から始まったタケシの猛勉強。ロクに開いたこともなかった教科書を引っ張り出し、読めない漢字を調べながら問題を解いていく。書いた文字を何度も消しゴムで擦る。真っ黒になる問題集。それでもタケシは解答を書き込み続けた。
「好きなコでもできた?」
母の声は明らかにタケシをからかっていた。
「黙れっ!」
さっきより強く机を叩きつける。その衝撃で机の隅に置き去りにした石コロが、床の上に転げ落ちた。

「おい! 今なんて言った?」
下校途中のタケシが数人の女子の前に立ちはだかる。
「アキコが鬱陶しいから、仲間はずれにしてやったって言ったの」
なかでも気の強そうな女子が答えた。
「なんでそんなヒドイことするんだよ。アキコがかわいそうだろ?」
「アンタに関係ないでしょ? もしかして、アンタってアキコのこと、好きなの?」
女子たちは互いに目を合わせ、からかうように笑った。
「うるせぇ!」
タケシは石を投げつけようと、ポケットに手を突っ込む。
「あ──」
もう石は持ち歩かないと誓ったことを思いだした。石も投げない。乱暴もしない。それはアキコに──誓いとは裏腹に身体が勝手に反応し、気づけば道端の砂利を掴んでいた。そして、女子たち目がけて投げつけていた。
「しまった!」
砂利をかわし損ねた女子が、顔中に砂利を浴びた。女子たちの悲鳴が響く。
「最低ッ!」
タケシを罵倒する言葉が飛び交う。顔を押さえてすすり泣く友達をかばうように、女子たちはその場から逃げ去った。

「タケシ。ちょっと来て」
アキコはタケシを廊下に呼び出した。
「なんだよ?」
「女子の顔にケガさせたんでしょ? アンタってほんと最低……」
それは違う──と言いかけて、口をつぐむ。恥ずかしさが込み上げたからだ。
「なんでそんなひどいことしたの?」
今にも泣き出しそうなアキコは、偶然にも再び真実を話すチャンスをタケシに与えた。
「それは──」拳に力を込めるタケシ。
「アイツらが気に食わなかったから」
素直になれない情けなさと後悔の味が口いっぱいに広がった。殴る真似をしようと、右腕を突き出したその時、頬に強烈な衝撃を感じた。アキコの全力のビンタ。廊下のガラスに映ったタケシの頬には真っ赤なもみじ。やっぱりグーじゃパーに勝てなかった。
頬を冷やすように伝う涙。それはタケシが初めて人前で見せた涙だった。
「石は没収するからッ!」
そう言うと、アキコはタケシのポケットの中に、強引に手を突っ込んだ。からっぽのポケットの感触に目を丸くするアキコ。少しだけ自分を知ってもらえた気がして、タケシは声を出して泣いた。

GuX^ V[gV[giJ