死してなお、芸人

その葬儀は、見事なほど盛大に営まれた。
故人の名は〈六代目菊家秋団治〉。人間国宝に認定された偉大な落語家だ。
壇上には笑みをたたえる秋団治の巨大な遺影。そして故人が眠る棺。会場には800人を超す参列者の姿があった。
秋団治は生前、こう語っていた。
「ワシの葬儀は笑いの絶えない催しにするように。誰ひとり暗い顔などせぬように。湿っぽい葬儀にした奴は、ワシが化けて出て、呪い殺してやるからな」と。
脅すように語る秋団治の言いつけを守るように、葬儀は笑いに包まれた。
「一発ギャグやりまーす!」
陽気に叫びながら登壇したのは、大手芸能事務所の中堅芸人。プロレスラーの風貌で登場するや否や、全身にローションを浴びスッテンコロリン。会場に大きな笑いが起こった。
次に現れたのは、秋団治と同じ事務所に所属するベテラン芸人。漫談を得意とする彼は、湿っぽさを演出しながらも、生前の秋団治の情けないエピソードを連発。緊張と緩和。毒を織り交ぜた彼の弔辞は、さらに大きな笑いを誘った。
故人の希望どおり、アットホームな笑いに包まれた葬儀。遺影の中の秋団治はまるで、披露される芸を楽しんでいるようだった。

ひとりの男が壇上に登る。それは秋団治の息子、今別府貴史だった。
クシャクシャになったメモ用紙を手に、マイクの前に立つ。過去に漫才コンビを組んでいた今別府貴史の現在は構成作家。若手のコンビにネタを提供している。
売れない漫才コンビとしてくすぶっていた今別府に、構成作家への道を勧めたのは、父である秋団治。なかば強引に漫才の道を諦めさせたことで親子の関係は悪化した。口をきくことすらなかった長い年月を悔やむように、今別府の目には涙が浮かぶ。
「親父は──」
マイクに向かい語りはじめるも、胸が詰まり言葉が続かない。ヒックヒックと女々しい嗚咽が会場に響く。
「コラッ、アホボン! 湿っぽくするんじゃねぇよ!」
「おめぇ、秋団治の息子だろうが。シャキッとせんかい!」
会場にガヤが飛び交う。我に返った今別府が顔を上げたときだった。巨大な遺影がガタンと音をたて、今別府目がけて倒れてきた。
うわぁ! 叫びながら父の遺影を受け止める今別府。会場からは、「ほうら、親父が怒ってるぞ!」と、笑い混じりの罵声が飛ぶ。
「メソメソしてたら、親父に怒られちゃいました」と照れ笑い。
会場にはドカンッと大きな笑いが起きた。

弔辞を終えた今別府が席についたすぐ後、会場入り口の扉が開かれ、ひとりの女が姿を現した。それは、秋団治の愛人で知られる女優、砂川アキ子。十数年に渡る愛人生活を週刊誌が暴き、世間でも騒がれた。
砂川アキ子は会場をぐるりと見渡し、空席を確認すると歩きはじめた。
極端に厚い化粧。鼻につく香水の匂いを振りまきながら、参列者の間を縫っていく。それを見たひとりの女が威勢よく立ち上がり、大声で叫んだ。
「アンタ! 絶対に許さないからね!」
それは秋団治の妻。長年の愛人関係を黙認し、週刊誌のインタビューにも一切応じなかった女である。
着物の裾を捲り上げ、アキ子目がけて走り出す。そして、背後から長い髪を引っ掴んだ。
「この泥棒猫! 何をノコノコとこんなとこに来てやがるんだい!」
アキ子も激昂し応戦する。
「秋団治はんが愛しとったのは、この私よ。あんたなんかただのお飾りやん。偉そうに何を言うてるんや!」
二人の女が掴み合う。頬にビンタを食らわせる。押し倒す。参列者たちは慌てて二人の喧嘩を止めにかかった。
女グセの悪かった秋団治の情事が原因で会場はパニックに。ドタドタと駆ける者。どさくさに紛れ、日頃の恨みを晴らそうと殴る者。罵声を浴びせる者。人陰から蹴りを入れる者。
参列者のひとりが弾き飛ばされ、棺に背をぶつけた。その衝撃で、棺を支えていた片側の支柱がへし折れる。ガクンと斜めに傾き、キャスターが接地した。そのまま棺はスルスルと滑りながら、遮るもののない壇上を移動し、下手からはけて行く。喧嘩の原因である本人が、難を逃れるように姿を消した。
参列者たちは無言で壇上を見つめる。菊家秋団治の去った舞台を。わずかな沈黙のあと、その日一番の笑いが起こった。
死してなお、大きな笑いをかっさらう秋団治の執念に、一同は大きな拍手を送った。

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