嫁姑戦争

「美咲さん? もしかしてあなた、タケ君にこんな薄い味噌汁飲ませてるの?」
そのひと言から私と姑の戦争ははじまった。

私と夫のタケルは健康に気を使い、料理の味付けを薄味にしようと決めた。それなのに姑は、私が作り置きしている味噌汁に手振りで塩を足す。以前は私の目を盗んでやっていたみたいだけど、最近じゃ私がキッチンにいても堂々と鍋蓋を持ち上げ、手振り塩。
「ありがとうございます」
感情を剥ぎ取った私の言葉に対し姑は、「タケ君の好みのこと、考えてあげてちょうだいね」だと。

父が他界し、高齢の母を一人にしておくのは不安だからと、夫は姑との同居を提案してきた。正直、嫌だった。正月や盆に帰省したときでさえ、どこか私に向けられた敵意を感じていたくらいだったから、同居なんて想像もしたくなかった。
拭き掃除が行き届いていないところのチェック。食材の買い方へのダメ出し。購入した服の値段チェック。女友達との電話の盗み聞き。ある程度は覚悟していたけれど、姑との生活はこれほどまでに息苦しいものか。同居の日が長くなればなるほど、それはエスカレートしていった。
夫に陳情してみても、「おふくろも年だから許してやってくれよ」の一点張り。さすがに夜の行為を覗き見されているのに気づいたときは吐き気がした。何度姑への殺意を抱いたことか。

そんな私の嫁姑戦争が、ある日突然、終戦を迎えた。
その日は妙にソワソワした姑の態度に違和感を覚えた。夕食の準備の邪魔になるため、「どうしたんですか?」と語気を荒げながら尋ねても、「ねぇ。どうしちゃったんでしょ」と、的を射ない返答。
そしてついに、歴史的瞬間が訪れた。姑は音も立てず私に近寄ると、耳元でコソコソと囁いた。そして、夫がその日置き忘れていったスマートフォンの画面を私に見せてきた。
私はすぐに終戦を決意した。そして、これまで敵国だった姑と同盟を結ぶことを決めた。不倫している夫を追い詰めるために。

母親に対してイエスマンの夫。スマートフォンの使い方を勉強したいと姑が頼めば、夫はすぐにそれを差し出す。調査すべきポイントを指示し、夫の秘部を暴かせた。そこには殺意が沸くほどの裏切りが隠されていた。
「美咲さん。タケルを殺しましょう」
そう持ちかけてきたのは姑。
「実の息子なのに──」
「そんなことは関係ありません。不倫をする人間は断じて許せないの!」
姑はヒステリーになり、飲んでいたマグカップを床に投げつけた。こりゃ相当だ……。
どうやら本人も過去に夫の不倫を経験しているらしい。不貞行為の現場に居合わせてしまったらしく、その光景は今でも鮮明に脳裏に焼きついているらしい。不倫をテーマにしたテレビ番組に腹を立て、テレビ局に大量のクレーム電話を入れたこともあるそうだ。

「さすがに殺すのはちょっと……」
暴走する姑を止めるために私が提案したのは、大量の塩を入れた味噌汁を飲ませて、吐き出させてやろうという、可愛らしいイタズラ。もちろん姑は納得しなかったが、報復は長期間に渡るほうがダメージを与えられる、という私の適当な理屈に姑は賛同した。
姑に暴かせたスケジュールによると、今夜の夫はラブホテルで女を抱いてから帰ってくる。不倫相手と交わされた昨晩の生々しいメールのやり取りを見て、姑はまたしても殺意を再燃させていたが、なんとか落ち着かせた。
そして今、嫁姑戦争時代の忌々しい記憶が上書きされようとしている。味噌汁の鍋を前に女二人が仁王立ち。親指と人差指の間には大量の塩。あれほどいがみ合った敵国同士が同盟を結び、ひとつの国を叩こうとしている。まさか姑とこんな関係になるなんて思ってもみなかった。私は戦勝国なのか。いや、所詮夫に不倫されている惨めな妻だな。
指を擦り合わせ、液体の上に白い粉末を降らせる。味噌汁に口をつけたときの夫のリアクションを想像すると、小刻みに肩が震えた。
隣の姑は無表情。冷たく澄んだその目から殺気が伝わってくる。息子に対しての怒りなのか、生前の夫への恨みなのか。

ひとつ気になったことがある。姑の指の間から舞う白い粉が、私の塩とは種類が違っていたということ。確かウチにはあんな種類の塩はなかったはず──まさか!?

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