自白

男は冷や汗をかいている。

そう、昨晩、付き合っている女性に、浮気の現場を目撃されてしまった、かも知れないからだ。その「かも」が曲者で、本当に目撃されていたかどうか確認しないことには、もし万が一、知られているにも関わらず、黙ってやり過ごされた日には、どんな風に弱みにつけ込まれ続けるか、考えただけでもぞっとする。確かにあれは彼女だったはずだ。いくら人ごみの中とはいえ、付き合っている女性くらいは判別できる。きっと見られていたはずなんだ。そう思い、男は女に、それとなく確かめる。

 

「昨晩、S町の繁華街にいたりしなかった?」全くの平静を装いながら、女に聞いてみる。

「え?昨日?ど、どうだったかなぁ…」女はお茶を濁すような素振りで、すこし戸惑った様子。

「いやぁ、この前、駅前の洋服屋で、冬物のコートを見に行くとかって言ってたからさぁ。昨日あたり、行ってきたのかな?って思って」

「あ、あぁ。そういや、そんなこと言ってたっけ?なんで昨日だと思ったの?」

女は引き続き、煮え切らない態度で、質問に対して質問で返す始末。

男の不安は募る。こいつは俺が浮気したことを、絶対に知っているはずだ。じゃなきゃ、こんなにも狼狽したような演技を見せるはずはないし。さてはあれか、知らない風を装い中途半端な態度を取りながら、俺自身に自白させようって魂胆だな。なんて浅はかな。そんな手に乗るかよ。

 

「たしかに君のこと、見た気がするんだよなぁ。ファーストフード店の前あたりで」男は強気にそう詰め寄る。

「ファーストフード店?あぁ、行った気もするけど、あれ昨日だったかなぁ?よく覚えてないや」

こいつ、まだこんな態度でいやがる。全く、いやらしい性格してやがるぜ。

「あの辺りを歩いてたらさぁ、君にとってもよく似た人を見たもんだからさぁ。絶対に君だと思うよ、あれは。真っ赤な手袋してなかった?」

ここまでズバリ言ってやったら、昨晩、俺のことを見たかどうか、繁華街にいたかどうか答えるだろう。いなかったと答えたら、わざわざ浮気を自白する必要はないし、いたと答えたら、徹底的に否定し、嘘をでっち上げる必要がある。さぁ、どっちなんだ。

「ま、真っ赤な手袋なんて持ってないよ?」

クソッ。まだ俺を試してきやがる。

「いや、持ってるさ。俺は知ってるぜ。どう考えても君だったよ。なんだったら、目が合ったぐらいだったもんなぁ」

「ワタシ、どんな様子だった…?」

なんだこいつは?何を聞いてきやがるんだ。でも、今の答えで決定だな。やっぱりあれは、彼女だったんだ。間違いない。ってことは、絶対に浮気相手と手をつないで歩いていたことを目撃されている。早いうちに嘘をでっち上げて、話を終わらせなきゃな。

「え?どんな様子って、なんだか慌ててるような感じだったかな。それより、俺も得意先の担当者を接待してた最中だったからな…」

 

翌日。

女は警察署の中にいた。女は昨晩、S町の繁華街で殺人を犯した。長年、職場で犬猿の仲だった同僚と、ふとしたことから激しい口論になり、湧き上がる憎しみと共に、繁華街で相手を待ち伏せし、持ってきたナイフで脇腹をブスリ。刺して殺したのだ。

 

女はこう思った。

昨晩、男に目撃されていたのだ。あんなにも正確に言い当てられてしまったら、もう言い逃れしようがない。殺人現場であるファーストフード店の脇にある路地から出てくるところも、そして、血で真っ赤に染まった両手も、全て目撃されていたのだ、と。

 

女は署内で取り調べを受けている。

殺人を犯してしまったこと、交際している男性に全てを目撃されたこと、だからもう逃げ切ることはできないと考え出頭したことも、何もかもを諦めきったような、虚ろな表情を浮かべながら、全てを目の前の警察官に、自白した。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>