知ってる、この感じ。

え?

知ってる、この感じ。前に見た。まただ…。

 

田上京子は、ここ最近、デジャヴ、いわゆる既知感に頻繁に出くわす。

初めて訪れる場所なのに、なぜだか既に知っているような感覚、懐かしいような感覚。初めて触れる物なのに、既にそれに触れることを知っていたような感覚。ここに来て、これに触れ、これを眺め、こう話す、それら全てを、以前から既に知っていたような感覚。

 

デジャヴ。

 

田上京子は、ここ数日の間だけでも、かなり多くのデジャヴに出くわしている。

職場の同僚とランチタイムにパスタを食べている時、フォークにクルリとパスタを巻きつけた瞬間、あっ、知ってる、この感じ。化粧品売り場で、いつもと違ったファンデーションに変えてみようかと頭を悩ませた瞬間、あっ、知ってる。そして、交際しているS氏とのデートの最中、自分へのご褒美にバーゲンで一緒に服を選んでいる瞬間、あっ、知ってる、この場面。

 

とにかく、ここ最近の田上京子は、デジャヴの多さに、自分でも、なんだかおかしい気持ちになることがある。疲れてるのかな?なんて思ってもみるが、肉体的にも精神的にも、特別に疲労している感覚は、ない。

 

「まぁ、気のせいかな…」

「ん?京子、どうしたの?」

会社の帰り道。ターミナル駅までは、同僚のM子と帰宅することが多い。今日も、そうだ。

 

「そういや、部長、最近退社時間遅くない?部長が残ってると、早く帰りにくいんだけど」

「そうだよねぇ。別に、これって仕事もないんだから、早く帰ってくれればいいのに」

普段通りの会話を交わしながら、人ごみの流れに飲まれ、駅へと歩く。

 

駐輪してある無数の自転車の隙間を抜け、地下鉄の乗り場へと続く駅の出入り口に向かう。自転車のハンドルにカバンが引っかからないように、クイッとカバンを持ち上げた瞬間、

「あっ、まただ…。知ってる、この感じ」

マウンテンバイク風の駐輪自転車をかわす瞬間、カバンを持ち上げたその感覚、またしてもデジャヴが田上京子を襲う。

 

「どうしたの、京子?なんだか今日、ちょっと変だよ」

同僚M子の問いかけにも、真剣に耳を傾けるでもなく、デジャヴを思い巡らせる。

「ううん。大丈夫だから、なんともないよ」

少し間を置き、田上京子はM子に向かって、微笑みながら、そう答えた。

 

地下鉄を降り、ターミナル駅に着いた。M子とは、ここで別れることになっている。私鉄に乗り換えるため、エスカレーターを昇り、地上の乗り場を目指す。

田上京子の脇を、キャリーバッグを引くサラリーマンが駆け上がった。

「いやだ…また知ってる」

その光景も、またしてもデジャヴ。

 

エスカレーターを降りる瞬間、足元に紺色のハンカチが落ちているのを見つけ、田上京子は、それをまたぐように、エスカレーターを降りた。

「えっ…これも知ってる」

さらに、田上京子をデジャヴが襲う。

 

普段通りに電車が運行しているかどうか、電車の発車時刻を告げる電光掲示板を見上げる。

「やっぱり…この光景も、知ってる」

 

あまりにもデジャヴが次から次へと続くことに不安を覚え、田上京子は、その場にしゃがみ込んだ。まるで、数秒先に起こる出来事の全てを、自分はもう既に知ってしまっているかのようで、生きた心地がしなかった。

 

数秒先に起こる出来事?

 

田上京子は、そのフレーズに引っかかり、自分は本当に数秒先に起こる出来事の全てを知っているのではといった疑問と、もうひとつの疑問、

 

数秒先に、もうひとりの自分がいるんじゃないの?

 

そう感じ、田上京子はおもむろに立ち上がり、ホームの先を、目を細めて睨みつけた。

そこには、やはり、もうひとりの、田上京子が歩いていた。

 

やっぱりだ。これはデジャヴなんかじゃなくて、もうひとりのわたしが、数秒先に存在して、わたしよりも先に、すべてを経験してしまってるんだ。

 

田上京子は、もうひとりの自分を追いかけた。

 

もうひとりの田上京子は、飲み干したジュースの紙パックを、ゴミ箱に放り投げた。

もちろん、田上京子の手には、微量が残った、ジュースの紙パック。

 

もうひとりの田上京子は、カバンからファンデーションを取り出し、メイクを直そうとしている。もちろんそのファンデーションは、今日から使い始める、いつもと違うブランドのもの。

 

もうひとりの田上京子が電車に乗り込もうとした瞬間、ベンチからS氏が、すくっと立ち上がり、彼女に近づき、その腕をとった。二人はにこやかに腕を組みながら、電車の中へと消えていった。

 

あっ、そうだった。今日は、ホームでSさんと待ち合わせしてたんだった。この奇妙な出来事を、Sさんに相談してみよう。わたし、頭が変になっちゃいそうだ。

 

もうひとりの田上京子が、S氏と合流した場所に近づく。息を切らせながら、S氏の姿を探す。

 

あれ…。なんで…。Sさんがいない。

もうひとりの田上京子と帰宅するために、S氏が立ち上がった、ベンチには、ひとの姿さえない。

 

え?ここでSさんと待ち合わせしてたのに…。

なんで、Sさんがいないんだろう。

 

電車が動きだす。徐々にスピードを上げながら。車内を覗く窓からは、もうひとりの田上京子と、S氏の姿が。その姿は、一瞬のうちに、横へ横へと流れていく。

 

もうひとりの田上京子が、一瞬だけ、こちらを見て、ニヤリと笑った気がした。

 

「なんなの、これ。もうイヤだ!」

田上京子は、不安と恐怖と、あまりの寂しさに耐えられなくなり、カバンから携帯電話を取り出した。Sさんに電話して、今すぐ来てもらわなきゃ。こんなの信じられない。

 

S氏を呼び出すコール。

プププ、プププ、プププ。

 

「この電話番号は、現在使われておりません。電話番号をお確かめになって、もう一度…」

 

 

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